刑事訴訟において絶えずついて回る2つの相反する考え方について

本稿では,刑事訴訟において絶えずついて回る,2つの相反する考え方について検討してみたいと思います。

実務的な話というよりは,観念的な話ですので,興味がなければ読み飛ばしてください。

 

第1 刑事訴訟手続きの基本視点について

刑事訴訟とは,刑罰法規を犯した者を処罰するための手続きです。我が国において,刑事裁判において有罪判決を受けることなく刑罰を科されることはありません(適正手続きの保障,憲法31条)。

刑事訴訟手続きを経て有罪判決が確定した場合に初めて,国家権力によってその判決内容に即した刑罰が科されることとなります(日本では,最高刑として死刑も存在していますので,国家権力により生命を奪われることもあり得ます。)。

憲法31条
何人も,法律の定める手続きによらなければ,その生命若しくは自由を奪はれ,又はその他の刑罰を科せられない。

 

この点については,一方で,社会及びその中で生活する個々人を守るためには,日本の治安維持が必要ですので,犯罪を犯した者に対して,取りこぼすことなくその犯した犯罪に応じた刑罰を科さなければならないという必要性があります(法律家の世界では,一般に真実発見の要請といわれます。)。

 

他方で,刑事訴訟の関与者である被疑者・被告人,捜査機関,裁判官は,いずれも神様ではない生身の人間であり,完全ではない人間が,過去に起こった事実を判断しますので,その判断に誤りが発生しない保障はありません。

被疑者・被告人は,真犯人をかばったり捜査機関の圧力に耐えかねたりして,真実とは異なる自白をしてしまうかもしれません。

捜査機関は,捜査熱心のあまり,行き過ぎた捜査をしてしまうかもしれません。

裁判官も,自身の経験則を超えた事実について,公平・正確な判断が出来なくなるかもしれません。

そこで,人権保障の観点から,人間が行う判断の不十分さを法律(刑事訴訟法)によってどのように補完するのかという難しい問題も生じます。

 

以上の問題点の調整における現在の到達点が,刑事訴訟法の各規定なのですが,果たしてそれで十分なのか,今後も考えていかなければなりません。

立法的・行政的にも深い議論が必要な分野であるといえますが,司法の分野に生きる法律家にとってもその真価が問われる分野でもあります。

 

第2 刑事訴訟法の目的について

前記憲法31条を具体化する法律として,刑事訴訟法が存在しています。

刑事訴訟法は,その1条において,個人の基本的人権を保障しながら,刑罰法規を適正且つ迅速に適用実現することをその目的とすると規定しています。

すなわち,刑事訴訟法の目的は,①基本的人権の保障と,②刑罰法規の適正迅速な適用なのです。

刑事訴訟法1条
この法律は,刑事事件につき,公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ,事案の真相を明らかにし,刑罰法規を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。

 

もっとも,この2つの目的は,時として相反することがあります。

例えば,ある人物が,とある犯罪を犯したとほぼ間違いない(心証として99%間違いない)といえるほどに強く疑われるが,その者が当該犯罪を犯したという決定的な証拠が存在しない(1%の疑問がある)場合に,その者を処罰すべきかという問題です。

治安維持の観点から刑罰法規の適正迅速な適用の点を重視すれば99%有罪との心証を持っていることから「ほぼ」間違いないとして有罪判決を下し処罰するという方向に流れ,人権保障の観点を重視すれば1%でも無罪ではないかという疑問を持っているので無罪として処罰しないとの方向に流れます。

 

別の例えでいうと,100人の集団凶悪犯が逮捕されたと仮定して,そのうちの1人だけが無実の者であるがその1人が誰かわからないという場合に,全員無罪すると99人の集団凶悪犯が社会に戻ってくため刑罰法規の適正実現に適さないとして100人全員を有罪とするか,1人でも無実の者を罰してはならないという人権保障の観点から100人全員を無罪とするかという問題です。

治安維持の観点から刑罰法規の適正迅速な適用の点を重視すれば99%の人が有罪であることから100人全員に有罪判決を下し処罰するという方向に流れ,人権保障の観点を重視すれば1人でも無罪の人を処罰してはならないのですから100人全員を無罪として処罰しないとの方向に流れます。

 

この点について,現在の刑事訴訟法においては,憲法13条のいう個人の尊重を具体化し,1%でも有罪とするのに疑問があれば無罪とし,また誰かわからない無罪の人が1人いるのであれば100人全員を無罪とするという建前をとっています。

極論の場面になると,なかなか難しい価値判断を強いられますが,実際には,手続きの各段階においてこの2つの要請を調整をしながら,刑事訴訟手続きが進められていきます。

 

第3 結びに変えて

以上が,刑事訴訟における2つの相反する目的についての問題点でした。

刑事訴訟は,治安維持と人権保障の調整をしながらその手続きが進められ,2つがぶつかる究極的な場面においては,人権保障を優先することになる建前とされています。

ところが,実際には,強大な国家権力に屈して,時として治安維持が人権保障に優先した形で刑事訴訟手続きが進められることがあり,大きな問題となることがありえます。

いつ,いかなるときでも,法の趣旨に沿った刑事訴訟手続きが行われるよう,司法の目を光らせておかなければいけませんね。



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