【日本の金貨・銀貨・硬貨を鋳つぶすことは犯罪か?】コイン磨きの問題点もあわせて

本稿執筆時点においては,金・銀をはじめとする貴金属の価格が急上昇しています。

そのため,日本国内で発行される硬貨(本稿では,「硬貨」について,「貨幣」とも表記しています)の中でも,額面価値より地金価値の方が高くなる硬貨が存在するに至っています(記念金貨・記念銀貨・旧100円硬貨など)。

この点,硬貨の地金価値が上昇し,その価値が硬貨の額面価値より高くなってしまうと,地金価値以下で当該硬貨を入手し,これを溶かして金属として売却することにより利益が生じてしまうため,このような行為をしようとする者が出始めます。

ところが,このような行為を許してしまうと,経済にみあった量の貨幣を発行してその国の政治・経済を管理するという管理経済システムが破綻してしまう恐れがあります。

そこで,日本では,法律によってこのような行為を禁止し,硬貨を鋳つぶす行為は犯罪行為として処罰対象としています。

以下,どういうことか簡単に説明したいと思います。

硬貨鋳つぶし禁止理由とその範囲

罪刑法定主義

日本国憲法31条に「何人も,法律の定める手続によらなければ,その生命若しくは自由を奪はれ,又はその他の刑罰を科せられない。」と規定されていることから,日本では,予め立法府により定められた法律により犯罪とされる行為・科される刑罰を明確に規定しておかなければならないとされています(罪刑法定主義)。

そのため,何らかの行為をした場合に,その行為が犯罪となるか否かは,法律により対象行為及びそれに対する刑罰が定められているか否かにより決せられることとなります。

貨幣損傷等取締法

では,日本で硬貨を鋳つぶす行為は日本の法律で犯罪を構成する行為とされているのでしょうか。

この点については,日本においては,貨幣損傷等取締法という法律があり,貨幣の損傷・鋳つぶし(及びその目的での収集)が犯罪であると規定しています。

同法の立法趣旨は,硬貨の額面額よりも当該硬貨を構成する金属価値が高くなる場合に,硬貨を鋳つぶして金属を取り出す行為が行われないようにするためです。

【貨幣損傷等取締法】

1 貨幣は,これを損傷し又は鋳つぶしてはならない。

2 貨幣は,これを損傷し又は鋳つぶす目的で集めてはならない。

3 第一項又は前項の規定に違反した者は,これを一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。

鋳つぶしが禁止される貨幣(硬貨)とは

では,鋳つぶしが禁止される貨幣損傷等取締法にいう「貨幣」とは,何を指すのでしょうか。

(1)1円未満貨幣の法定通用力喪失(1953年)

第二次世界大戦により経済にも大ダメージを受けた我が国では,後に行われた市場に出回る貨幣量の制限政策(新円切り替え)は,インフレを完全に食い止めることはできず,それまで発行されていた貨幣価値がどんどん低下していきまきた。

そのため,インフレ化する物価に合わせた高額通貨発行の必要に迫られ,それまでの臨時通貨法に従って新たな1円硬貨・5円硬貨(その後,10円・50円・100円)が発行されていきました。

そして,終戦後の物価上昇により1円未満の硬貨が使用されることがほぼなくなったため,昭和28年(1953年)に小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律(小額通貨整理法)が制定され,同年12月31日限りでそれまで発行されていた1円未満の貨幣の通用力が失われました。

(2)通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律制定

そして,昭和63年(1988年)に通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律が施行されると共に500円硬貨の発行がなされ,貨幣とは,通常流通硬貨6種(500円玉・100円玉・50円玉・10円玉・5円玉・1円玉)と,臨時に発行される記念硬貨(500円玉・100円玉・50円玉・10円玉・5円玉・1円玉に加えて,1000円玉・5000円玉・1万円玉)をいうとされるに至りました。

【通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律】

第五条 貨幣の種類は,五百円,百円,五十円,十円,五円及び一円の六種類とする。

2 国家的な記念事業として閣議の決定を経て発行する貨幣の種類は,前項に規定する貨幣の種類のほか,一万円,五千円及び千円の三種類とする。

以上の結果,現在の日本では,以下の通常流通硬貨6種と,これら6種の額面+1万円・5000円・1000円記念硬貨が,損壊・鋳つぶしが禁止される硬貨とされるに至りました。

 ① 500円玉(1982年~)

 ② 100円玉(1957年〜)

 ③ 50円玉(1955年~)

 ④ 10円玉(1953年〜)

 ⑤ 5円玉(1948年〜)

 ⑥ 1円玉(1955年~)

他方,前記貨幣以外については,日本の法律上鋳つぶしを禁止しておらず,例えば大日本帝国時代に発行されていた金貨,1円・50銭・20銭・10銭・5銭の各銀貨などを鋳つぶすことは法律上問題がありません。

余談(コイン磨きの問題点)

なお,余談ですが,最近インターネット上に,前記鋳つぶしが禁止される現行貨幣を磨いたり化学薬品による処理をしたりしてきれいにする動画がアップロードされているものが散見されます。

この行為については,動画として見ごたえがあるものとして賛否両論あるのですが,法律的に見ると黒に近いグレーです。

その程度は軽微とはいえ,いずれも貨幣に対する何らかの損傷をもたらすものといえるため,形式的に見ると貨幣損傷等取締法にいう貨幣損傷に該当する行為となるからです。

犯罪として処罰されるか否かについては程度問題であり,当職の少ない経験においてはコイン磨きにより処罰された事例を見たことはないのですが,少なくとも犯罪行為として処罰される危険性がある行為であることは間違いないため,私の立場からは絶対にやめてくださいとしか言いようがありません。

仮に,このような行為をするのであれば,現行硬貨以外のコインを用いるべきですので,参考にしてください。

紙幣の損壊

貨幣(硬貨)の損壊・鋳つぶしについては,前記のとおりなのですが,では紙幣(日本銀行券)の損壊についてはどうなると思いますか。

実は,日本の貨幣損傷等取締法では紙幣(日本銀行券)は対象外とされており,紙幣を損傷すること自体を直接罰する法律は現在のところありません。

そのため,日本では,紙幣は損傷しても(破ったり燃やしたりしても)問題がないのです。

なぜなら,前記のとおり貨幣(硬貨)については,地金価値が額面価値より高くなってしまった場合に,地金価値以下で当該硬貨を入手しこれを溶かして金属として売却することにより利益が生じる結果となってしまうため,これを法的に封じる必要があります。

ところが,紙幣については,その材質は紙(プラスチック製の紙幣を採用している国もありますが,本稿執筆時点での日本の紙幣は紙製です)ですのでその材質価値は安価なものである一方,額面は硬貨と比して高額なものとなるため,材質を得るために紙幣を破壊する行為がおよそ想定されないからです。

紙幣を損傷・破壊しても,経済的価値が失われるだけで得することは何1つないため,これを法律で規制する理由がないのです。

以上,最近インターネット上で散見されるテーマについてのまとめでした。

参考にしていただければ幸いです。

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