交通事故被害に遭った場合に,脳の器質的損傷を負い,その結果として,記憶障害,注意欠陥障害,遂行機能障害,社会行動障害等の精神症状が発症する場合があります。
このような脳の器質的損傷を伴った精神障害のことを,高次脳機能障害といいます。
この高次脳機能障害とは何か,なぜ起こるのか,どのような症状が問題となるのか,後遺障害認定はどういう基準でなされるの等について,ほとんどの弁護士は理解をしていません。
そこで,以下,交通事故により高次脳機能障害が生じた場合,交通事故賠償上どのように扱われるのかについて,できるだけわかりやすく,自賠責保険における高次脳機能障害とは何か,高次脳機能障害発生の有無の判断基準,高次脳機能障害の内容・程度・後遺障害等級の順に見ていきたいと思います。
【目次(タップ可)】
自賠責保険における高次脳機能障害
自賠責保険における高次脳機能障害は,精神症状が発症し,かつそれが脳の器質的損傷に起因するものである必要があるとされています。
要するに,頭部外傷により脳が物理的に損傷し,その結果として何らかの精神症状が発症した場合に,高次脳機能障害として認められるのです。
脳損傷なしに何らかの精神症状が発症した場合には,高次脳機能障害ではなく,[非器質性精神障害]として9級・12級・14級の中から後遺障害等級認定がなされえます。
そのため,交通事故によって被害者に精神症状が発症した場合,その精神症状が脳の器質的損傷に起因しているかどうかで等級認定に大きな違いが生じます。
なお,補足ですが,現在の精神医学における精神疾患の分類では,器質性と非器質性という用語は用いられなくなっているようですが,本稿は医学的専門分野の話ではなく,交通事故損害賠償分野での法的議論ですので,この点は無視して話を進めます。
高次脳機能障害発生の有無(器質的脳損傷の判別)
前記のとおり,自賠責保険における高次脳機能障害が認定されるためには,精神症状が発症し,かつその症状が脳の器質的損傷に起因するものである必要があるため,非器質性精神障害との鑑別が必要となります。
そこで,まずは高次脳機能障害発生の有無を判断する要素となる脳の器質的損傷とは何かについて考えましょう。
脳の器質的損傷は,①局在性脳損傷(神経細胞体の損傷をいい,軸索の損傷があわせ発生する場合もあります。)と,②びまん性脳損傷(軸索のみの損傷をいいます。)に分けられます。
局在性脳損傷の場合
局在性脳損傷のメカニズムは,前図のとおりであり,頭部に加わった外力が脳を直接損傷させます。外力が加わった箇所とその先の脳の端が損傷される可能性があります。
局在性脳損傷が生じたの場合は,頭蓋内又は脳実質の器質的損傷(硬膜外血腫,硬膜下血腫,脳挫傷,脳内出血等)が見られます。
そのため,局在性脳損傷の判別には,事故直後の高精度の画像機械による画像所見が必須となります。
他方で,画像所見で判別するため,局在性脳損傷による高次脳機能障害の判別については意識障害の有無は問題となりません。
びまん性脳損傷の場合
他方で,びまん性軸索損傷のメカニズムは前図のとおりであり,脳に加わった回転角加速度によって脳に剪断力が生じて脳全体の軸索が切断された後,ワーラー変性(軸索の損傷によって神経細胞との連絡が絶たれた結果,神経線維の断端遠位端より順に萎縮・断片化していく。)によって神経細胞も崩壊し,脳に吸収されるというものです。
びまん性軸索損傷の場合は,このメカニズムを3か月程度期間をかけて経ていきますので,びまん性軸索損傷が生じている場合には,急性期の画像所見では一見すると正常に見えることも多いのです。
そのため,びまん性脳損傷の判別については受傷時の画像所見は必須とはされておらず,受傷時の意識消失の程度・長さ(軸索の損傷量の程度)によってその判別がなされることとなります。なお,脳外傷直後の意識障害がおよそ6時間以上継続するケースでは,永続的な高次脳機能障害が残ることが多いと考えられています(自賠責平成19年報告書)。
そして,画像所見としては,受傷後数日後にはしばしば硬膜下ないしクモ膜下に脳脊髄液貯留を生じ,その後代わって脳室拡大や脳溝拡大などの脳萎縮が目立ってきて,外傷後3か月以内で外傷性脳室拡大は固定し以後あまり変化しないという脳萎縮の変性所見によって判断されることとなります(自賠責平成19年報告書・p3)。
まとめ
すなわち,局在性脳損傷の場合には受傷直後の画像所見によって,びまん性軸索損傷の場合には受傷直後の意識障害の程度と受傷3か月後の画像所見によって,脳の器質的損傷の有無を判別し,高次脳機能障害の発症の有無を判断とすることとなります。
高次脳機能障害の内容・程度
では,前記の方法により,器質的脳損傷が生じていることが明らかとなった場合,どのように等級認定がなされるのでしょうか。
等級認定の考え方
高次脳機能障害が生じた場合,記憶・記銘力障害,失見当識,知能低下,判断力低下,注意力低下,性格変化,易怒性,感情易変,多弁,攻撃性,暴言・暴力,幼稚性,病的嫉妬,被害妄想,意欲低下 等の症状が見られ得ますが,その発現は人によって異なりますので,一概に特定できません。
そのため,その判断については,後遺障害診断書のみならず,医師によって作成される神経系統の障害に関する医学的意見書や親族によって作成される日常生活状況報告書等によって,労働や日常生活への障害の程度を総合的に判断し,以下のとおりの後遺障害等級認定がなされることになります。
具体的認定方法
具体的な認定方法としては,以下介護ないし監視を必要とする被害者については,その程度に応じて1級~3級の範囲で等級認定を,介護ないし監視を必要としない被害者については,①意思疎通能力,②問題解決能力,③作業負荷に対する持続・持久力,④社会行動能力の4つに能力を区分し,これらの喪失の程度を障害なしから全部喪失までをA~Fの6段階で評価し,これらを総合して,3級から9級の範囲で等級認定を行うとする平成15年に設けられた労災基準を参考にとして,これと矛盾しないように配慮しながら妥当な等級認定がなされることとされています。
単一障害 | 複数障害 | |
3級 | F(できない/全部喪失) | E(困難が著しく大きい/大部分喪失)2つ以上 |
5級 | E(困難が著しく大きい/大部分喪失) | D(困難ではあるがかなりの援助があればできる/半分喪失)2つ以上 |
7級 | D(困難ではあるがかなりの援助があればできる/半分喪失) | C(困難ではあるが多少の援助があればできる/相当程度喪失)2つ以上 |
9級 | C(困難ではあるが多少の援助があればできる/相当程度喪失) | - |
後遺障害等級まとめ
以上を前提とすると,自賠責保険における高次脳機能障害についての等級認定をまとめると,以下のとおりとなります。
①別表第一1級1号:神経系統の機能は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
身体機能は残存しているが高度の痴呆があるために、生活維持に必要な身の回りの動作に全面的介護を要するもの 。
②別表第一2級1号:神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの
著しい判断力の低下や情動の不安定などがあ って、1人では外出することができず、日常の生活範囲は自宅内に限定されている。身体動作的には排泄、食事などの活動を行うことがで きても、生命維持に必要な身辺動作に、家族からの声掛けや看視を欠かすことができないもの 。
③別表第二3級3号:神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの
自宅周辺を1人で外出できるなど、日常の生活 範囲は自宅に限定されていない。また、声掛け や、介助なしでも日常の動作を行える。しかし、記憶力や注意力、新しいことを学習する能力、障害の自己認識、円滑な対人関係維持能力などに著しい障害があって、一般就労が全くできないか、困難なもの 。
④別表第二5級2号:神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの
単純繰り返し作業などに限定すれば、一般就労も可能。ただし新しい作業を学習できなかったり、環境が変わると作業を継続できなくなるなどの問題がある。このため一般人に比較して作業能力が著しく制限されており、就労の維持には、職場の理解と援助を欠かすことができないもの 。
⑤別表第二7級4号:神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの
一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの 。
⑥別表第二9級10号:神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの
一般就労を維持できるが、問題解決能力などに障害が残り、作業効率や作業持続力などに問題があるもの 。
補足
脳外傷による高次脳機能障害の特徴として,自賠責保険の高次脳機能障害認定システムでは,意識障害の程度と持続時間に加え,急性期には重篤な症状が発現しても時間の経過とともに軽減傾向を示す場合がほとんどであるとされ,また意識障害から抜け出すとその後もゆっくりではあるが神経症状と精神症状(脳外傷による高次脳機能障害)の自然回復傾向が続き,この回復傾向が観察されることが脳外傷による高次脳機能障害の大原則であるとされています。
その理由は,外傷直後の脳は,脳組織が壊されて非可逆的に脳機能が落ちたところ(器質的脳損傷)と,器質的脳損傷の周辺にあって一時的に機能が落ちているところがあるため,外傷直後の急性期は,実際に損傷している領域よりも広い領域の脳機能が障害されているが,1か月くらいを経て回復する部位の機能が改善し,また壊れた部位の脳機能も一部は周辺脳により代償が行われるためとされています。
そのため,受傷後しばらくして遅れて現れた精神症状については,通常脳外傷によるものではなく,他の要因によるものである可能性が高いといえます。