交通事故が発生した場合,通常は,各人の損害額に当事者双方の過失割合を乗じて賠償額を決します。
もっとも,交通事故損害賠償請求事件において,何らかの理由で一方当事者が過失主張をしない場合があります。
では,一方当事者が過失主張をしない場合に,裁判所は職権で過失相殺ができるのでしょうか,またはしなければならないのでしょうか。
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過失相殺の義務性
双方に過失認められる事故態様の場合に,過失相殺を行わなければならないのか。過失相殺の義務性が問題となります。
結論からいうと,交通事故損害賠償事件において,過失相殺は義務でないが,被害者にも過失があると認めるときには,裁判所は,当事者からの主張を要しないで,過失相殺をすることができるとされています(最判昭和41年6月21日・民集20巻5号1078頁)。
過失主張がない場合に,過失相殺が義務ではなく,可能であるとするにとどまる理由は,
契約上の債務の不履行における過失相殺について定めた民法418条が,「債務の不履行に関して債権者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の責任及びその額を定める。」として過失相殺を義務的に規定しているのに対し,
不法行為損害賠償における過失相殺について定めた民法722条2項は,「被害者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の額を定めることができる。」と,単に可能である旨を規定しているに過ぎないからです。
もっとも,双方に過失が認められる事故態様である場合,一方当事者が過失主張をしなくても,裁判所は,通常,過失相殺を行います。
その理由は,従前述べたとおり,過失割合については,定型化されていますので,裁判所が職権で過失相殺をしたとしても,一方当事者に著しい不利益をもたらすとは考えにくいからです。
職権による過失相殺が弁論主義に反しないか
では,裁判官が職権で過失相殺をすることは,弁論主義の第1テーゼ(主張責任: 裁判所は当事者が主張していない事実を認定してはいけない。)に反しないのでしょうか。
なお,マニアックな話ですが,この問題点は,平成21年の旧司法試験・民事訴訟法の第1問で出題されたそうです。
この点,弁論主義の趣旨は,訴訟でこれを争う場合にも当事者の自由にゆだねてよいとする私的自治の訴訟法的反映であり,機能は攻撃防御方法の対象を確定することで当事者の不意打ちを防止する点にあります。
もっとも,「過失」のような不特定概念の場合には,当事者は主要事実たる「過失」を基礎付ける具体的事実の存否に攻撃防御を集中するため,かかる過失を基礎づける具体的事実に弁論主義を適用しないと当事者への不意打ちとなり妥当でないといえます。
そこで,「過失」のような不特定概念の場合には,それを基礎付ける具体的事実(評価根拠事実)に弁論主義を適用すべきと解されます。
以上より,一方当事者が,過失相殺の権利行使を積極的に意思表示しないとしても,他方当事者の過失を根拠づける事実を主張・立証していれば,過失相殺をすることができることになります(最判昭和43年12月24日・民集22巻13号3454頁参照)。
まとめ
以上をまとめると,一方当事者が過失相殺の権利行使を積極的に意思表示しないとしても,他方当事者が過失を根拠づける事実を主張・立証していれば【事故態様を主張・立証していれば】,裁判所が職権で過失相殺をできることになります。
この点については,実務上はさらに進んでいて,過失相殺主張は答弁として機能しているところ,原告側の請求の段階で,原告によって事故態様の主張・立証がなされるため,他方当事者(被告)の反論なしに裁判所による職権での過失相殺がなされることとなります。
妥当な結論を導くのに,もっともな運用ですね。