交通事故に遭い,不幸にも後遺障害が残存した場合には,後遺障害逸失利益が損害費目として認められ,その計算方法は,次のとおりとなります。
基礎収入額×労働能力喪失率×労働能力喪失期間
また,交通事故に遭い,不幸にも死亡してしまった場合には,死亡逸失利益が損害費目として認められ,その計算方法は,次のとおりとなります。
基礎収入額×(1-生活費控除率)×就労可能年数
ここでいう,基礎収入額とは,通常後遺障害慰謝料を算定する場合は症状固定時の,死亡慰謝料を算定する場合は死亡時の実収入額をいいます。
本稿では,被害者が就職前の者・主婦・若年者であった場合も,基礎収入額の算定に,実収入額を使用するべきかについて検討します。
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問題意識
前記のとおり,後遺障害逸失利益又は死亡逸失利益のいずれの場合であっても,基礎収入額は,被害者の実収入額をいうのが通常です。
もっとも,被害者が若年者の場合には,事故時点での収入水準が低く抑えられていることが多いため,事故時点の収入水準を固定して労働能力喪失期間又は就労可能年数の全期間の基礎収入額とすると,若年者の場合には,後遺症が逸失利益又は死亡逸失利益が不当に低く抑えられてしまうこととなりますので,合理的ではありません。
また,幼児・生徒・学生,主婦の場合には,計算根拠となる事故時点での収入が存在していません。
そこで,就職前の者・主婦・若年者の基礎収入額をどのように算定するかが問題となります。
この点については,かつては,幼児・生徒・学生等の若年者の逸失利益の算定方法について,東京地裁(いわゆる東京方式:賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・男子又は女子労働者の全年齢平均賃金とライプニッツ係数の組合せ)と大阪地裁及び名古屋地裁(いわゆる大阪方式:賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・男子又は女子労働者の18歳ないし19歳等の平均賃金とホフマン係数の組合せ)で異なる方法が採用され,裁判所によって異なる金額算定がなされていた時代がありました。
もっとも,裁判所によって損害賠償額が変わるという地域間格差に合理的理由が認められませんので,これらを解決するため,平成11年11月22日に,交通専門部である東京地裁第27民事部,大阪地裁第15民事部,名古屋地裁第3民事部による協議の上,逸失利益の算定方法についての三庁共同提言が発表され,可能な限り同一の方式を採用・運用されることとなりましたので(三庁共同提言については,判例タイムズ1014号52頁以下参照),以下,これを基に就職前の者,主婦,若年者の基礎収入額を説明します。
三庁共同提言における逸失利益の算定の際の若年者等の基礎収入の算定方法
前記の三庁共同提言は,若年者等の基礎収入額については,以下のとおりとすると定めました。
幼児・生徒・学生の場合の基礎収入
原則として全年齢平均賃金によることとし,大学生及びこれに準ずるような場合には学歴別平均賃金の採用も考慮する。
ただし,生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められない特段の事情が存在する場合には,年齢別平均賃金又は学歴別平均賃金の採用も考慮する。
専業主婦の場合の基礎収入
原則として,全年齢平均賃金による。
ただし,年齢,家族構成,身体状況及び家事労働の内容などに照らし,生涯を通じて全年齢平均賃金に相当する労働を行い得る蓋然性が認められない特段の事情が存在する場合には,年齢別平均賃金を参照して適宜減額する。
兼業主婦の基礎収入
実収入額が全年齢平均賃金を上回っているときは実収入額によるが,下回っているときは専業主婦と同様の算定をする。
無職者の基礎収入
就労の蓋然性があれば,原則として,年齢別平均賃金による。
比較的若年の労働者の場合で生涯を通じて全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合の基礎収入
全年齢平均賃金または学歴別賃金による。
比較的若年の労働者の場合で生涯を通じて全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められない場合の基礎収入
事故前の実収入額による。
比較的若年の被害者の場合の生涯を通じて全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金程度の収入を得られる蓋然性があるかの判断基準について
三庁共同提言では,比較的若年労働者が被害者の場合,生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められるかの判断要素としては,以下の諸点を考慮するとされました。
①事故前の実収入額が全年齢平均賃金よりも低額であること。
②比較的若年であることを原則とし,おおむね30歳未満であること。
③現在の職業,事故前の職歴と稼動状況,実収入額と年齢別平均賃金(賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・男子又は女子の労働者の年齢別平均賃金)又は学歴別平均賃金との乖離の程度及びその解離の原因などを総合的に考慮して,将来的に生涯を通じて全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められること。
この点,各判断要素検討の主たる点は,以下のとおりです。 1 現在の職業(勤務先の規模・勤務状況) 勤務先の会社が大企業ないしある程度の規模があるなど,就労状況が安定していると認定できる場合に,全年齢平均賃金を認める方向に向かいます。 2 過去の職歴と稼動状況,技能・資格取得等 過去の職歴と稼動状況,技能・資格取得していること,又は技能・資格を取得するに向けて努力をした経緯がある場合などは,全年齢平均賃金を認める方向に向かいます。 3 実収入額と年齢別平均賃金との乖離の程度とその原因 被害者が同年代並に稼いでいるかという点は,裁判所の関心事といえ,同年代の平均収入より被害者の事故前の実収入額の方が高い場合には,全年齢平均賃金を認める方向に向かいます。 他方,被害者の事故前の実収入額が,年齢別平均賃金より下回る場合には,その解離の理由(正規雇用と非正規雇用の別等)が検討対象になることが多いといえます。
全年齢平均賃金を認める場合には,用いる賃金センサスについては,学歴計のものか学歴別のものかについては,事案に応じて裁判所により決せられることとなります。
他方,全年齢平均賃金を認めない場合については,①全年齢平均賃金を一定割合減額する,②年齢別平均賃金を採用する,③年齢別平均賃金を一定割合減額する,④事故前実収入による(あるいはこれと同程度のもの),⑤過去に稼働していた際の収入を参考にする等の方法が考えられ,これも事案に応じて裁判所により決せられることとなります。
この三庁共同提言により,東京地裁の基準本であるいわゆる赤い本では,事故時概ね30歳未満の若年動労者の場合には,学生との均衡の点もあり全年齢平均の賃金センサスを用いるのを原則とするとされました。
また,大阪地裁の基準本であるいわゆる緑本では,概ね30歳未満の若年者については,実収入額が学歴計・全年齢平均賃金を下回る場合であっても,年齢・職歴実収入額と学歴計・全年齢平均賃金との乖離の程度,その原因等を総合的に考慮し,将来的に生涯を通じて学歴計・全年齢平均賃金を得られる蓋然性が認められる場合は,学歴計・全年齢平均賃金を基礎とする。その蓋然性が認められない場合であっても,直ちに実収入額を基礎とするのではなく,学歴計・全年齢平均賃金,学歴計・年齢対応平均賃金等を採用することもある(なお,大卒者については,大学卒・全年齢平均賃金との比較を行う。)とされました。