交通事故被害に遭って,物的損害が発生した場合,当該物的被害に伴って精神的損害を被ったとして,慰謝料請求をした場合,これが認められることはあるのでしょうか。
交通事故の被害者側から,車に愛着を持ち大事に乗ってきたのに修理代だけでは納得できないという主張がなされることがままありますので,このような主張が認められるのか問題となります。
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原則として物損事故の場合には慰謝料は認められない
結論から先に言うと,「原則として」物的損害に対する慰謝料請求は認められません。
なぜなら,慰謝料とは被った精神的損害に対する填補をその根拠とするところ,交換価値・使用価値の対価となる経済価値をその本質とする物的損害については,これらが喪失されたとしても,金銭的填補を受けることにより全ての損失を回復することが可能と考えられるからです。
簡単に言うと,被害物が,物体に過ぎない以上,これを修理をしたり,買い替えたりすることによって損害填補が可能だからです。
そのため,原則として,物的損害の場合には,その物の修理又は買換えのみで損害填補としては十分であり,それに加えて所有者の精神的慰謝は不要と考えられています。
長期間大事に乗ってきた愛車であるなどといった主観的な主張は,法的保護の対象になりません。
例外的に物損事故の場合でも慰謝料が認められ得るもの
もっとも,例外的に,物的損害の場合であっても,その物の修理又は交換のみで損害填補としては不十分であると考えられる場合(所有者の特段の思い入れが法的保護に値し,精神的慰謝が必要と考えられる場合)には,物の修理又は交換に加えて慰謝料請求が認められる場合があります。
以下,物損につき慰謝料を認めた例外的な裁判例をいくつか紹介します。
被害物が建物の場合
① 大阪地判平成元年4月14日・交民集22巻2号476頁
② 大阪地判平成5年12月17日・交民集26巻6号1541頁
③ 神戸地判平成13年6月22日・交民集34巻3号772頁
④ 大阪地判平成15年7月30日・交民集36巻4号1008頁
⑤ 名古屋地判平成18年9月8日・自保ジャーナル1678号16頁(但し、石垣について)
被害物が墓石の場合
① 大阪地判平成12年10月12日・自保ジャーナル1406号4頁
被害物が芸術作品の場合
① 東京地判平成15年7月28日・交民集36巻4号969頁
被害物がペットの場合
一般の方には受け入れがたいかもしれませんが,ペットは法律上物として扱われます(そのため,ペットを家族と考える被害者側と、物として扱う加害者側とで紛争となることがよくあります。)。
① 東京高判平成16年2月26日・交民集37巻1号1頁
② 名古屋高判平成20年9月30日・交民集41巻5号1186頁,交通事故判例百選[第5版]134頁
関連論点→ペットが交通事故に遭った場合の損害賠償についての考え方
補足(実務上の注意点)
以上のとおり,物損の場合にも慰謝料が認定された事例はあるものの,それは被害物が特殊な物の場合に限られ、自動車そのものの損壊については,通常慰謝料が認められることはありませんので,注意が必要です。