生活保護を受給されている方が交通事故に遭う場合もあります。
では,生活保護受給者が交通事故被害に遭った場合,被害者が生活保護を受給されていない方が交通事故被害に遭った場合と,何か違いが生じるのでしょうか。
以下,被害者が生活保護受給者である交通事故が発生した場合に,加害者側に生じる問題点,被害者側に生じる問題点を順に検討してみましょう。
【目次(タップ可)】
生活保護受給者に被害を与えた加害者側の問題点
生活保護受給者が交通事故被害に遭った場合,被害者が生活保護を受給されていない方が交通事故被害に遭った場合と何らかの違いがあるのかについてですが,以下のいくつかの法的争点が生じ得るものの,結論的には被害者が生活保護受給者であってもなくても加害者側には違いは存在しません。
被害者が生活保護受給者であるか否かという偶然の事情によって加害者側に何らかの違いが出るのは気の毒ですので,当たり前といえば当たり前の結論です。
以下,問題となりうる争点と,結論に至る理由を説明しますので,参考にしてください。
生活保護受給者の治療関係費は損害費目となるのか
生活保護受給者が,病院治療を受ける場合,医療扶助が受けられますので,生活保護受給者には医療関係費の負担は生じないのが原則です(生活保護法15条)。
そこで,生活保護受給者が交通事故被害に遭った場合に,加害者が被害者の治療関係費を負担する必要がないのではないかが問題となりますが,生活保護受給者が被害者となった場合も,その治療関係費は損害費目となり,加害者は[被害者の治療として必要・相当な範囲での治療費]の支払義務を負うことになります。
この点,生活保護受給者が交通事故に遭い,加害者に対する損害賠償請求権を取得した場合,相手方に対して請求したうえで賠償金を回収し,これを医療費を含めた最低生活費に充当するのが原則です。
しかし,いったん医療補助がなされると,生活保護受給者である被害者が加害者に損害賠償請求しても,回収した金額を最低生活費に充当され,得られる生活保護費が減額されますので,かつては,生活保護受給者が交通事故被害に遭っても,加害者側に損害賠償請求しない事が多かったのです。ところが,この場合に,地方自治体が,加害者に対して,支払った医療扶助費等の求償をすべき法的根拠が存在していませんでした。そのため,かつては,生活保護受給者が交通事故被害者となった場合には,事実上,加害者が,被害者の治療関係費負担を免れるという事案が多く発生していました。
もっとも,平成26年に生活保護法が改正され,医療扶助等の事由が第三者行為によって生じた場合,地方自治体は,支弁した医療扶助等の限度で,受給者が加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する旨の規定が創設されました(第三者行為求償権,生活保護法76条の2)。なお,同規定の施行日は,平成26年7月1日です。
これにより,生活保護受給者が交通事故被害に遭って通院した治療費について,医療扶助を使用するか否かにかかわらずその治療関係費を,加害者が負担しなければならないことが明らかとなっています(医療扶助を使用していなければ被害者本人に,使用していれば地方自治体に賠償する義務を負います。)。
実は,ここに細かな争点があります。 生活保護受給者にも一定の過失があった場合に,支払われた医療扶助等について,どのように過失負担がなされるかという問題です。 例えば,医療扶助で10万円の治療関係費が支払われ,加害者と被害者が加害者8:被害者2で示談をした場合に,地方自治体側が,加害者9:被害者1の割合だと主張してきた場合,差額の1割分の医療扶助支払い分をどうするかという問題です。 この点については,その結論をどうするかという裁判例・論文を発見できませんでしたので,今後の検討課題ではないでしょうか。 細かすぎる論点ですが,生活保護受給者である被害者の弁護士として活動する場合には,念のため,前記の加害者と被害者が加害者8:被害者2で示談をする際に,示談書に「後日,地方自治体から医療扶助費の返還請求があった場合,加害者及び被害者において別途協議する。」等,加害者・被害者間においても今後の検討可能性を残す旨の文言を付記しておくべきと考えます。
医療扶助・生活保護費の支払いは損益相殺の対象となるか
生活保護受給者が交通事故被害に遭った場合に,医療扶助費又は生活保護費を受給していた場合,加害者側は,被害者がこれらについて生活保護費によって填補されていることを理由として,損害額の減額主張(損益相殺主張)ができるか問題となりますが,判例上明確に否定されています。
なお,医療扶助費については最判昭和46年6月29日・民集25巻4号650頁,判タ265号99頁,判時636号28頁,生活保護費については東京地判昭和38年11月27日を参照してください。
被害に遭った生活保護受給者側の問題点
生活保護受給者が,交通事故損害賠償金を受領した場合,その受給額によっては,保護を必要としなくなったと認定され,保護が廃止又は停止される可能性があります(生活保護法26条)。
この場合,資力があるにもかかわらず受け取った保護費については返還義務が生じますので(生活保護法63条),交通事故損害賠償金を受領したことにより視力がある状態と判断された場合には,事故後に受領していた生活保護費についての返還を要することとなる場合がありますので,注意が必要です。
もっとも,この場合においても,生活保護費の返還額の決定については,世帯の現在の生活状況及び将来の自立助長等を考慮して定められるとされていますので,必ずしも全額の返還を求められるとはかぎりません(昭和47年12月5日付社保196号厚生労働省通知参照)ので,ご不明な点があれば,お近くの弁護士に相談してみてください。