どこかの会社に所属して仕事をする場合,必然的に会社の備品等を使用しますので,これを損壊してしまうことがあり得ます。
とりわけ運送業の場合には一定の割合で交通事故が事故が発生しますので,その発生頻度も高くなります。
では,従業員が勤務先会社の所有物を損壊してしまった場合,当該従業員は会社の損害を弁償する義務を負うのでしょうか。
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損害賠償の基本的な考え方
一般に,故意又は過失で,他人(ここでいう人には法人も含みます。)に損害を加えた場合で,その相手方に対して賠償責任を負います。当然の話です。
その根拠は,不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)であり,勤務先会社と従業員との間でも当然に適用されます。
民法第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
そのため,従業員が業務中等に誤って勤務先会社の備品等を損壊してしまった場合,この民法709条による責任が発生します。
したがって,従業員が業務中等に誤って勤務先会社の備品等を損壊してしまった場合,会社が従業員に対して壊された物の弁償を請求すること自体に違法性はありません。
従業員に対する損害賠償請求の制限
では,従業員が業務中等に誤って勤務先会社の備品等を損壊してしまった場合,会社に対して必ず全額弁償する必要があるかというとそうではありません。
なぜなら,労働者は,勤務先会社の指揮監督に従って業務に従事し,また勤務先会社は労働者を使用することによって利益を得ているため,労働者を使用することによって発生した損失についても,勤務先会社がこれを負担すべきとも考えられるからです。
この考え方を「報償責任」といいます。
この報償責任の考え方から,勤務先会社から,従業員に対する損害賠償請求については,一定の制限が課されることとなります。
最高裁判例上も,使用者(勤務先会社)がその事業の執行につき被用者の惹起した自動車事故により損害を被った場合において,いわゆる労働者(従業員)の過失による損害賠償に関する責任制限の法理を定立し,信義則上勤務先会社に生じた損害のうち,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度においてのみ従業員に対する賠償及び求償の請求が許されるにすぎないと判示しています(最判昭和51年7月8日・民集30巻7号689頁)。
前記最高裁判例では,事業の性格,規模,施設の状況,従業員の業務内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態度,加害行為の予防若しくは損失の分散についての勤務先会社の配慮の程度その他の諸般の事情を検討して,従業員に対する賠償又は求償請求ができるのか,できるとするとどの程度とするのかの判断材料としていますので,以降の下級審裁判例では,従業員に対する損害賠償請求の場合は,これらの判断材料を基にその判断がなされることとなっています。
具体的には,従業員に帰責性が少ない場合には勤務先会社による損害賠償請求を否定する方向に,従業員に帰責性が多い場合には勤務先会社の事情等の各種事情を検討し,賠償責任を軽減することが多いと思われます。
補足
なお,勤務先会社から,従業員に対する損害賠償請求が認められる場合,勤務先会社が実際に被った金額をその上限とし,労働契約等によって予め従業員に対する損害賠償額を予定しておくことは法律上許されていません(労働基準法16条)。
また,従業員が勤務先会社に対して負担すべき損害賠償金が定められたとしても,勤務先会社は,従業員の自由意思なく給与からこれを差し引いて減給することはできません(労働基準法24条1項)。
参考にしてください。