交通事故被害者は,その所有車両が全損とされたことによって新たに買換車両を購入する場合には,加害者に対して,[全損時価額]に加えて車両買替えに要する[買換諸費用の請求]をなしえます。
では,この買換諸費用に買換車両購入のための売買契約書添付の印紙代は含まれるのでしょうか。車両の売買契約書に収入印紙の貼付が必要かに関連して問題となります。
結論を先に言うと,原則として印紙代は買換諸費用に含まれませんが,リサイクル預託金のある中古車を購入する場合は例外的に印紙代が買換諸費用含まれることとなります。
以下,この結論となる理由について見てみましょう。
【目次(タップ可)】
原則として印紙代は買換諸費用に含まれない
買換諸費用に印紙代が含まれるかを検討するに先立ち,まず,文書に収入印紙を貼らなければならない場合がどのような場合かを見てみましょう。
文書に収入印紙の添付が必要とされるのは,印紙税法においてに掲げられている課税文書とされた文書を作成する場合に限られます。
課税文書とは,①印紙税法別表第一(課税物件表)に掲げられている20種類の文書により証明されるべき事項(課税事項)が記載されていること,②当事者の間において課税事項を証明する目的で作成された文書であること,③印紙税法第5条(非課税文書)の規定による非課税文書でないことの3つの要件を全て満たす文書をいいます。
印紙税法別表第一(課税物件表)に掲げられている20種類の文書は次のとおりです。 第1号 不動産の売買契約書,土地賃貸借契約書,金銭消費貸借契約書,運送に関する契約書等(建物や施設,物品などの賃貸借契約書には印紙税がかからない) 第2号 請負契約書(工事請負,広告,会計監査,プロ野球選手や映画俳優などの専属契約書等) 第3号 約束手形,為替手形(裏書手形には印紙税がかからない) 第4号 株券,出資証券等 第5号 合併契約書等 第6号 定款 第7号 継続的取引の基本となる契約書 第8号 預金証書,貯金証書 第9号 貨物引換証,倉庫証券,船荷証券 第10号 保険証券 第11号 信用状 第12号 信託行為に関する契約書 第13号 債務の保証に関する契約書 第14号 金銭又は有価証券の寄託に関する契約書 第15号 債権譲渡又は債務引受けに関する契約書 第16号 配当金領収書,配当金振込通知書 第17号 売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書等(領収書は3万円未満非課税,営業に関しない受取書は非課税) 第18号 預金通帳等 第19号 消費貸借通帳,請負通帳,有価証券の預り通帳,金銭の受取通帳などの通帳 第20号 判取帳
この点,船舶と航空機を除く動産売買契約書は,平成元年4月から課税文書ではなくなりましたので(印紙税法別表第一(課税物件表)から外れましたので),自動車売買契約書自体には原則として,収入印紙を貼る必要がありません。
売主又は買主が法人であっても結論において変わりありません。
したがって,自動車購入者である被害者が,買換車両購入の売買契約書に収入印紙を添付する必要がありませんので,必然的に,加害者も,被害者が購入した買換車両について,印紙代の支払い義務を負いません(印紙代は買換諸費用に含まれません。)。
リサイクル預託金のある中古車を購入する場合は例外的に印紙代が買換諸費用含まれる
もっとも,例外的に,買換車両が中古車の場合であり,かつ売買契約書にリサイクル預託金の記載がある場合には,加害者が印紙代の支払い義務を負うこととなります。
どういうことかというと,平成17年1月1日から施行された自動車リサイクル法によって,新車を登録する際に,将来廃棄処分となる自動車のリサイクル料金をあらかじめ支払うことを義務付けられたのですが,この支払われるリサイクル費用は,あくまでも資金管理法人(リサイクルセンター)への預託金,すなわち「金銭債権」なのです。
この点,新車購入時に預託されたリサイクル預託金は,当該車両が中古車として販売される場合,買主が,売主に対して,車両代金に加えてリサイクル預託金相当額の支払いを行って,これを譲り受ける扱いがなされます。
すなわち,中古車売買契約がなされる場合には,あわせてリサイクル預託金の譲渡契約が付随することになるのです。
そこで,これを明らかにするために,中古車の売買契約書にはリサイクル預託金の項目が記載されるのが一般的なのですが,この記載があることにより,中古車の売買契約書が,リサイクル預託金という「債権譲渡」に関する契約書となり,印紙税法別表第一(課税物件表)第15号文書に該当してしまうこととなるため,中古車の売買契約書が課税文書となります。
そのため,車両の売買契約書のみであれば収入印紙の添付は不要なのですが,中古車を購入したことにより,売買契約書にリサイクル預託金の記載がなされる場合には,収入印紙の添付が必要となりますので,自動車購入者である被害者が印紙代の支払い義務を負うこととなり,必然的に,加害者も,被害者が購入した車両について,印紙代の支払い義務を負うことになります(印紙代が買換諸費用に含まれます。)。
この場合の収入印紙額は,リサイクル預託金の額が1万円未満の場合には非課税(0円),1万円以上の場合は200円です。
補足(カスタムしている場合)
なお,自動車購入者である被害者が,中古車を購入し,その際にあわせて車両をカスタムしたり,附属品を取り付けたりすることがあります。
この場合に,売買契約書に,当該カスタム作業工賃や,附属品取付工賃が記載される場合には,請負契約書(印紙税法別表第一(課税物件表)第2号文書)に該当してしまうこととなり,課税文書となり,被害者は,売買契約書に添付する印紙代の支払い義務を負うことになります。
この場合の収入印紙額は,請け負った金額が1万円未満の場合には非課税(0円),1万円以上100万円までは200円です。
もっとも,このカスタム・附属品取付は,通常購入車両の運行に必要なものではないことが多いため,多くの場合,これらを行ったことにより必要となった印紙代は被害者負担となり,これを加害者が負担するという結論になることは少ないと思われます。