交通事故損賠賠償実務に従事していると,頻繁に,自動車を運転して前を走行する車両に追走していた際,前の車両の荷台から落ちてきた物とぶつかったとして,保有車両のフロントガラスやボンネットが損傷したとの主張がなされます。
いわゆる飛び石被害というものです。
もっとも,この類型の飛び石被害事故を主張した場合,ほとんどの自動車保険会社(加害者側の保険会社【対物保険】のみならず,被害者側の保険会社【車両保険】も)は,前を走行する車両からの飛び石被害はあり得ないとして,保険使用を否認します。
そこで,本稿では,自動車保険会社が行う,前を走行する車両の荷台からの落下物が後続車両に衝突する可能性がないとの見解をとる理由について説明したいと思います。
【目次(タップ可)】
前走車両からの落下した物は後続車両に衝突しない
走行車両からの落下物の軌跡
まずは,道路上を走行するトラックの荷台に砂利や小石等が積んであることを想像してみてください。
前を走行するトラックのイメージは,上記の写真のような感じです。
この状態でトラックが直進走行したとすると,当然,当該車両や荷台はもちろん,荷台の上に積載されている砂利等も,トラックと同じ方向に同じ速度で進んでいくことになります。
具体的に言うと,時速60kmで進んでいるトラックであれば,積載された砂利等もまた時速60kmで進みます。当たり前です。
では,この走行中のトラックの荷台から,何らかの拍子に砂利等が落下したらどうなると思いますか。
真下に落ちると思いますか?後ろに向かって落ちると思いますか?
いずれも違います。
先に述べたとおり,走行中の車の荷台に積載されている物体は,車両と同じ速度で進んでいます。
そのため,荷台に積載されている物体が,荷台から落ちようとする瞬間にも慣性力が働き,車両と同速度にて前方に向かって発射されたのと同じ力が働きます。
すなわち,走行中のトラックの荷台から,何らかの拍子に積載物が落下したらどうなるのかに対する答えは,トラックと同じ初速で前に飛んでいくです。
また,トラックの荷台から落ちた物体は,荷台という支えがなくなりますので,重力により毎秒9.80665m/s²の加速度で自由落下する(下向きに落ちていく)こととなります。
その上で,前に向かう方向については,徐々に空気抵抗等によって減速していくこととなります。
水平方向の力と垂直方向の力の合力により,走行する車両の荷台から落ちた物体は,落下開始後,走行車両と同等の速度で水平投射されたのと同じ軌道を描くこととなります。
この落下物の軌跡をイメージ化すると以下の図のとおりとなります。
この点,荷台の高さを鑑みるに,小型トラックだと約1.3m位であり,この位置から落下をすると,地面に到達するまでの落下時間はおおむね0.51秒となります。荷台の高さが2mだと約0.63秒,3mでも0.78秒です。
そして,落下物は,地面に衝突した後,反発係数に応じてバウンドしながら前進を続け,エネルギーを使い切って停止することとなります。
大体のイメージは以下のとおりです。
前を走行する車両からの落下物に後続車両が追い付くか
荷台から落下する物体の軌跡は以上のとおりですので,走行中の車両の荷台からの落下物があったとしても,後続車両が当該落下物による飛び石被害に遭うためには,前記過程を経る落下物に後続車両が追い付かなければなりません。
しかし,これが困難なのです。
例として,先行車両と後行車両とが,車間距離を20m程度空け,同速度(時速60km程度)で走行していたと仮定して考えてみましょう。
時速60kmで走行する車両は1秒間に16.66mしか進みませんので,車間距離が20m空いていれば,落下物が仮に前方に進んでいなかったとしても,後続車両が落下物の位置に到達する時点ではすでに落下物は地面に着地した後となります。
ましてや,落下物自体が前方に同じような速度で進んでいますので,ますます後続車両がこれに追いつけるはずがありません。
そして,落下津物の1回目の着地後も,後続車両が落下物を追いかけますが,落下物は間もなく上下の反発エネルギーを失ってバウンドをしなくなりますので,通常は後続車が追いつくに至ることはできませんし,追いついたとしてもその時点での落下物の高さは極めて低い位置にありますので,後続車両に損傷を加えることはできません(ましてや,後続車両のフロントガラスやボンネットに衝突することは物理的にあり得ません。)。
結論
以上は,最も簡略化した説明であり,実際には,落下時の物体同士の反発力や,風力,運転者のハンドル操作による影響等様々な力が加わりますので,前を走行する車両の荷台から落ちてきた物体が,絶対に後続車に衝突しないかと言われると必ずないとは言い切れないとは思います。
また,私は物理学者ではありませんので,これ以上に詳しい説明を求められても,これにこたえる能力はありません。
もっとも,以上を見ていただくだけで,自動車を運転して前を走行する車両に追走していた際,前の車両の荷台から落ちてきた物とぶつかったという主張は,ほとんどの場合があり得ない主張であるということがわかっていただけるのではないかと思います。
これが,自動車保険会社(加害者側の保険会社【対物社】のみならず,被害者側の保険会社【車両社】も)が,前を走行する車両から後続車に対する飛び石被害はあり得ないとして保険使用を否認する理由です。
補足:飛び石事故の類型について
なお,補足ですが,以下,飛び石被害事故の類型の中で,よく主張される3類型を紹介します。
①前を走行する車両の荷台から落ちてきた
まずは,一番多い類型は,前を走行する車両の荷台から落ちてきたというものです。前記で説明した類型です
この類型の飛び石被害事故が認められれば,前の車の運転手に対して,荷台に砂利等を積んでおり,かつその積載方法が不十分であった(飛散防止シートを張っていなかった等)ことを前提として,前の車(主にトラック)の運転手に,注意義務違反を問うて,損害賠償請求ができ,また車両保険を使用する際にも複数の傷の発生を根拠付けることができるので,最もよく主張される飛び石類型であると言えます。
また,イメージ的にも,前から落ちてきた物は,後ろに飛んで,後続車両に衝突するような気がしますので,何となくで主張されることが多いのも理由となっています。
②前を走行する車両のタイヤが巻き上げた
次に多いのは,前を走行する車両のタイヤが巻き上げたものが飛んでいたというものです。
この類型の飛び石被害事故の場合には,前の車の運転者に対して請求することができない上(理由については,別稿:飛び石でフロントガラスやボディが損傷した場合に前車の運転者に車両修理代金を請求できるか?自動車保険は使えるか?をご参照ください。),通常は,1つの傷しか認定されませんので,車両社である被害車両付保保険会社もその損傷を強く争うことは稀であり,通常この主張の場合は,それほど大きな問題とはなりません。
③対向車線を走行する車両が跳ね飛ばした
最後が,対向車線を走行する車両が跳ね飛ばしてきたというものです。
高速道路の側壁や中央分離帯を見ると,進行方向に向かって小さな物体の衝突痕が散見されますので,おそらく,飛び石被害事故の多くは,この類型によるものと考えられるます。
もっとも,この類型については,対向車線を走行する車両の動静を注視している車両運転者は皆無であり,ほぼ立証が不可能ですので,加害者に対する損害賠償請求はもちろん,保険会社に対する車両保険の請求をするための事実構成が困難であることもあって,この類型の飛び石被害事故の主張される件数が少なく,あまり議論の対象となっていないと思われます。
参考にしてください。
「自動車を運転して前を走行する車両に追走していた際,前の車両の荷台から落ちてきた物とぶつかったという主張は,ほとんどの場合があり得ない主張である」。それは、嘘、必ず現れる状況があります。実際に体験した者です。前走車輌スリップストリーム状況の中に接近して急激なハンドル操作で追い越しをすると、慣性の働きの中に激しい風圧(下から上↗、横からの風圧⇒)が入るために荷台上で舞い上がっている小石などを巻き込んで流れていくことを実験しました。条件・状況により変わるので断定出来るものでは無い。