交通事故被害に遭った場合,加害車両に任意保険会社が付保されていれば,通常,示談交渉は,保険会社担当者との間で行うこととなります。
そして,交渉の結果,示談合意に至り書面を交わす段になると,通常,通常当該任意保険会社から同社所定の免責証書という書面が送られてきて,それに被害者が書面押印することで示談合意があったとされることとなります。
免責証書の法的効力
このことにつき,示談合意を証する書面は示談書ではないのか,免責証書であとあと大丈夫なのかと不安に思われる方もおられますが大丈夫です。
免責証書でも示談書と同様の証明力を有しており,示談書がないからといって示談合意の効力に疑問を呈されることはありません。
では,示談書と免責証書とは何が違い,加害車両に任意保険会社が付保されていた場合,なぜ免責証書にて事件処理がなされるのでしょうか。
まず,示談書と免責証書の違いについて。
示談書の場合は,示談合意を行う両者が,共に同一書面に自身の意思表示を示すものであり,交通事故の示談の場合には,示談書には加害者本人と被害者の双方が署名・押印することになります。
他方,免責証書の場合は,被害者が,記載された内容の賠償金を支払ってくれれば加害者に対するそれ以上の請求をせず加害者を免責しますという自身の一方的意思表示を示した書面であり,交通事故示談の場合には,免責証書には被害者のみが署名・押印することになります。
この点,加害者の意思表示がなされていない書面では,証拠不十分ではないかと心配されるかもしれませんが,免責証書でも,示談書と同一の証明力を有するとされ,免責証書を示談書面としても,全く問題がないと考えられています。
その根拠については,必ずしも明確にされているわけではありませんが(私が,知らないだけなのかもしれません。),加害者付保保険会社が当該書面を作成していることから,加害者本人の示談意思を推定させる上,そもそも免責証書が,単に被害者が自身が納得した請求額を自認しそれ以上の請求をしないとしているに過ぎないことから,そう解釈しても被害者に不利益が及ぶことはないためではないかと思います。
いずれにせよ,免責証書をもって,示談合意を証する文書であるとしても,何ら問題は生じないといえます。
保険会社が免責証書を求める理由
では,保険会社は,なぜ示談書ではなく,免責証書での示談合意を求めるのでしょうか。
この点について,示談書であれば,加害者及び被害者の双方の署名・捺印が必要であるところ,双方の署名・捺印の取付けが迂遠であるため,処理を簡略化するために被害者の署名・捺印で足りる免責証書で代用していると説明される方がいます。
手続面の簡略化のためという要素は確かにあるのですが,本質的な理由はそれではありません。
すなわち,交通事故損害賠償金には,法律上5%という銀行利率と比較すると天文学的数字ともいえる高額な遅延損害金が付されることとされており,保険会社としては,示談合意を得た場合には,一刻も早く当該額の賠償保険金の支払をしてしまいたいのです。
ところが,保険会社として示談書の締結にて示談合意を証する書面とするとの実務運用を行うこととすると,示談合意の時点で,加害者が死亡している場合や,加害者が意思決定できない状態の場合(認知症等)等,加害者が意思決定できない状態が生じている場合には,被害者の同意があるにもかかわらず賠償保険金の支払いができなくなってしまう事態が生じてしまい,非常に困ってしますのです(最終的には,裁判所で相続人を特定したり,意思擬制をしてもらうことになるのでしょうが,長期の裁判による遅延損害金の加算という不測の事態が生じてしまいます。)。
そのため,かかる不都合性を排除し,加害者側の都合に影響されずに被害者側の一方的意思表示のみで,賠償保険金の支払いができるようにするため,加害者側付保保険会社担当者は,示談書ではなく免責証書の取り交わしを求めてくるわけです。
以上より,加害車両付保保険会社担当者との示談交渉の結果,示談合意に至った場合には,加害者にとって便宜ですし,被害者にとって不利益もありませんので,届いた免責証書について,内容確認の上,署名・捺印した上で急ぎ送り返してあげてくださいね。