保釈という制度を知っていますか。
ニュースで頻繁に出てくる言葉ですので,何となく身柄拘束されている人が判決前に仮に釈放されることみたいな漠然としたイメージがあるのではないかと思います。
本稿ではそんな保釈という制度の概略について,弁護士の立場から,できるだけ分かりやすく説明したいと思います。
【目次(タップ可)】
保釈とはどういう制度なのか
身体拘束の類型
保釈とは何かを説明する前提として,日本の刑事手続きにおいて,有罪判決を受ける前の身体拘束手続きが3種類存在していることを理解していただく必要があります。
犯罪を犯したと疑われる人物(被疑者)の短期間の身体拘束を逮捕(最大72時間)といい,その後に,起訴・不起訴の判断をするために行う,やや長期の身体拘束を勾留(被疑者勾留,最大20日間)といいます。
そして,起訴前勾留(被疑者勾留)中に起訴がなされると,被疑者であった者は被告人となり,同人の裁判所への出頭を確保するために,そのまま被疑者勾留は起訴後勾留(被告人勾留)に移行します。
なお,被告人勾留には直接的な時間的制約はありません。
そのため,日本国内で身体拘束がなされると,逮捕から始まり,裁判が終わるまで,身体拘束から解放されないという地獄が続きます。
人質司法と言われて非難を受ける所以です。
保釈とは
もっとも,観念上は,日本での刑事手続きは,無罪推定の原則の下にあります。
犯罪の嫌疑をかけられている者であっても,有罪判決が確定するまでは,罪を犯していない人として扱われなければならないとする原則です。
この原則により,勾留されている被告人であっても,できる限りその身体拘束は避けられなければならないとの結論が導かれます。
また,そもそも自由の拘束は,甚大な人権侵害であるため,手続き上必要な場合があるとしても,これを原則とすることは許されず,これを補完する方法があれば回避すべきであるとされています(市民的及び政治的権利に関する国際規約【B規約】9条3項)。
そこで,法は,前記趣旨を具現化するために,起訴後の長期間に亘る身体拘束から解放する制度を設けました。
この起訴後勾留から被告人を暫定的に解放する制度,それが保釈です。
小難しく言うと,保釈とは,観念的には勾留を維持しながら,保釈金・保釈条件を課した上で,被告人を暫定的に起訴後勾留から解放(釈放)する制度です。
他方で,逮捕・起訴前勾留には,保釈制度はありません(刑事訴訟法207条1項)。23日間という短い期間中に保釈を制度として成り立たせるには短すぎると考えられているためなのだとは思うのですが,まだまだ議論の余地がある問題ではないかと思います。
保釈の種類
権利保釈
起訴後勾留というのは,被告人が逃亡することなく裁判所に出頭することを確保するための制度です(捜査機関は,これに加えて罪証隠滅の防止の趣旨もあると考えていますが,弁護士の立場からは同意できません。)。
そこで,前記制度趣旨に鑑みると,保釈請求権者から保釈請求があれば(刑事訴訟法88条),これを許さなければならないのが原則です(刑事訴訟法89条,権利保釈,必要的保釈の原則)。
もっとも,無条件に保釈が認められてしまうとすると,起訴後勾留の意味が形骸化してしまう可能性があります。
そこで,法律上,刑事訴訟法89条1項各号に該当する場合は例外として保釈を認めないことができるとしています。
刑事訴訟法89条 保釈の請求があつたときは、次の場合を除いては、これを許さなければならない。 ① 被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。 ② 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。 ③ 被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。 ④ 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。 ⑤ 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏い怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。 ⑥ 被告人の氏名又は住居が分からないとき。
この点,前記刑事訴訟法89条1項列挙事由のうち,「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」(刑事訴訟法89条4号)というのがとても厄介で,これがあるがために,否認事件においては,ほとんどの場合に例外が適用されて保釈が認められないという運用がされています。
大きな問題の1つです。
裁量保釈(職権保釈)
前記の権利保釈は,保釈請求権者からの請求があり,かつ刑事訴訟法89条各号に該当しないことが条件となっていましたが,保釈請求権者からの請求がない場合であっても,また同法89条各号に該当する場合であっても,裁判所による職権で被告人を保釈することができるとされています。これを裁量保釈といいます(刑事訴訟法90条)。
義務的保釈
さらに,勾留による拘禁が不当に長くなった場合には,裁判所は被告人を保釈しなければならないとされています。これを義務的保釈といいます(刑事訴訟法91条1項)。
もっとも,私の拙い経験では,義務的保釈がなされたという話を聞いたことがありませんので,実際の運用はなされていないのではないかと思います。
保釈保証金(保釈金)とは
保釈保証金(保釈金)とは
前記のとおり,起訴後勾留は,身体拘束をすることによって被疑者の裁判所への出頭を確保していたのですが,保釈にて身体拘束を解く以上,被告人を裁判所へ出頭させる代替保証制度が必要となります。
この身体拘束に代わる被告人が逃亡することを防ぐための代替制度が,保釈保証金(いわゆる「保釈金」)です。
すなわち,保釈金とは,被告人に対し,裁判所へ出頭しなかったら当該被告人にとって看過できない額の金銭を取られるという心理的圧力をかけ,勾留に代わる裁判所出頭を確保するものです。なお,現金での納付が基本となりますが,有価証券又は保釈保証書にて代えることもでき,弁護士を通じて日本保釈支援協会より借り入れ納付ができます。
保釈中の被告人が逃亡しても,これを罰する法律はありませんので,保釈金は,保釈される人が逃げたりしないようにするための唯一の足枷です。
保釈金額
保釈金が,被告人を裁判所へ出頭させる圧力とするものである以上,保釈金は,人によって違った金額が設定されます。
保釈金は,有罪であろうが無罪であろうが裁判終了後に返金されますが(刑事訴訟規則91条1項各号),保釈条件に違反して保釈を取り消される場合(刑事訴訟法96条2項),判決後に出頭しない・逃亡した場合(刑事訴訟法96条3項)には,国に没取されることとなります。
そのため,その人ごとに,逃げて没取されては困る金額が設定されます。
当然,人ごとに資力は異なりますので,保釈金も人ごとに変わってきます。
10万円でも逃げない人もいれば,15億円でも逃げる人はいるからです。
実務上は,保釈金額については,保釈申請をする弁護士が,被疑者・被告人の資力を示し,裁判官が決定することとなるのが一般的です。
ちなみに,カルロス・ゴーン氏の事件の場合,15億円の保釈金が設定されたのですが,裁判所として認定した金額が,同氏にとっては取るに足らない額であったとして,裁判官の判断に批判が集まっていますが,どうなんでしょう。
終わりに
カルロス・ゴーン氏の逃亡により,保釈中の被告人にGPSを埋め込むことを義務付けるべきだなどという議論もなされています。
同氏のように,日本と犯罪人引き渡し条約を締結していない国に逃亡されてしまっては,もはや裁判を維持できなくなってしまいますので,この議論には一定の理がないとは言えません。
日本は,犯罪人引き渡し条約は,アメリカと韓国とのたった2ヶ国としか締結していませんので,海外に逃げられてしまうと,ほとんど手が出せないというのが現状だからです。なお,日本と諸外国との感で犯罪人引き渡し条約が締結されないのは,死刑が法制度として存在しない国や制度としては残っていても執行がなされていない国では,死刑制度がありかつ実際に執行が行われる日本とは,犯罪人引き渡し条約を締結することはできないことによるものと言われています。
そうは言っても,無罪推定の原則から見るとGPS埋め込みも人権問題であり,弁護士の立場から見るととても賛成できるものではありません。
いずれにせよ,より深い議論が進めらることを期待します。