鑑定留置とは,被疑者または被告人の精神状態や身体についての「鑑定」をさせるために,必要により被疑者・被告人を病院などに「留置する」ことをいい(刑事訴訟法167条,同224条),一般的に起訴前に行われる鑑定留置を起訴前鑑定留置と呼んでいます。
鑑定留置(手段)は,鑑定(目的)のために行われるものですので鑑定と鑑定留置は別の手続きであり,起訴前鑑定留置は,検察官が起訴不起訴の判断を行うための鑑定を行うための時間的余裕を確保するために行われます。
無差別殺傷事件やセンセーショナルな事件の場合に行われることが多いために報道などで目にすることも多い手続きだと思いますが,意外とその詳細については説明されることがありません。
そこで,本稿ではこの起訴前鑑定留置について簡単に説明したいと思います。
【目次(タップ可)】
鑑定留置制度について
鑑定の必要性(目的)
精神状態の鑑定のために行われることが多い鑑定手続きですが,その目的は被疑者・被告人に責任能力があるかどうかを調べるためです。
なぜそのようなことをするかというと,日本では,被告人に対して刑事責任を問うためには,被告人に刑事責任能力(自己の行為に対して責任を負うことができる能力=事物の是非・善悪を弁別した上でそれに従って行動できる能力)が必要であるとされ,刑事責任能力が失われている心神喪失者は処罰できず無罪となるとされているからです(刑法39条1項)。なお,起訴不起訴の判断で問題となるものではありませんが,刑事責任能力が著しく減退している心神耗弱者には減刑しなければならない(刑法39条2項)とされています。
そのため,後に被告人となる者(起訴前の段階では被疑者)が心神喪失状態であれば,裁判の結果刑罰を課すことができず無罪となるため,起訴をするべきではないからです。
そこで,被疑者の心神(又は身体)に疑問が生じた場合には,起訴前に鑑定を行って刑事責任能力の有無(心神喪失状態でないか)を判断する必要があります。
なお,後述のとおり,鑑定には,起訴前鑑定と起訴後鑑定があり,その目的が若干異なります。
起訴前鑑定は起訴・不起訴の判断をするために行われるものであるため心神喪失者かそれ以外かの区別のみが問題となり,心神耗弱者か完全責任能力者かの区別は問題となりません。
他方,起訴後鑑定は,実際の刑罰に関する判断をするために行われるものであるため,心神喪失者・心神喪失者・完全責任能力者の全ての区別が問題となります。
起訴前鑑定
鑑定は,特別の知識経験を有する者による事実法則またはその法則を具体的事実に適用して得た判断の報告であるため(最判昭和28年2月19日・刑集7巻2号305頁),その専門知識経験を有する鑑定人によって行われる必要があり,捜査段階では捜査機関(刑事訴訟法223条1項)・公判段階では捜査期間または弁護人の嘱託によって行われます。
そして,鑑定手続きとしては,簡易鑑定と本鑑定という2つの手続きが存在しています。
このうちの簡易鑑定は,医師が検察庁などに赴いて被疑者を診察し,責任能力についての意見を検察官に伝えるという短時間(30分~1時間程度の場合が多い)の手続きです。精神鑑定の多くがこの簡易鑑定で行われます。
起訴前鑑定(簡易鑑定)は,捜査が大詰めを迎える勾留期間満了前1週間前後の時期に行われることが多く,検察官が残りの勾留期間の中で起訴・不起訴等の終局処分を決めるために行われるのが一般的です。
被疑者が鑑定を拒んだとしても,捜査機関の請求により裁判官から鑑定処分許可状を得た場合には(刑事訴訟法225条2項),強制的に鑑定を行うことができます(刑事訴訟法225条1項,同168条1項)。
簡易鑑定は短時間で行われますので,起訴前勾留中の被疑者に対して行う場合であっても新たな被疑者の身体確保の手続きをとる必要がありません。
ところが,この簡易鑑定で被疑者の精神状態の判断がつかなかった場合に事情が変わってきます。
起訴前鑑定留置(手段)とは
簡易鑑定で被疑者の刑事責任能力の有無が判断できなかった場合(または,精神疾患があるなど最初から本鑑定の必要がある場合)などでは,起訴前本鑑定に回す必要が出てきます。
この点,起訴前本鑑定は,通常2~3ヶ月間被疑者を病院などに留め置いて医師が診断し,その結果を鑑定書にまとめるという長期間の手続きです。
もっとも,この起訴前本鑑定は,その期間が長期間に及ぶため,被疑者を留め置くための法的根拠が問題となります。
被疑者を留め置くためにとられる手続きである逮捕・勾留期間を合わせて最大23日間しかありませんので,2~3カ月を要する被疑者の身体拘束期間として不十分だからです。
そのため,逮捕・勾留の効力によって起訴前本鑑定をしようとすると,一旦被疑者を釈放しなければならないという問題が生じてしまいます。
この逮捕・勾留期間という時的制限という問題を回避し,起訴前本鑑定が行われる相当期間について被疑者を指定場所に留め置くための手続きが起訴前鑑定留置です。
なお,起訴前本鑑定が行われるのは殺人などの重大事件などに限られており,総件数としては多くありません。
起訴前鑑定留置の手続き
鑑定留置状発布請求
起訴前鑑定は,検察官から被疑者の鑑定嘱託を受けた医師等(鑑定受託者,刑事訴訟法223条1項)が,対象者である被疑者の心神・身体の検査をすることによって行われるのですが,この鑑定を行うために被疑者を留置する必要があります。
そして,この起訴前の被疑者留置もまた被疑者の身体的自由を制限する手続きであるため裁判所のチェックが必要となります。
そこで,起訴前鑑定留置を行うためには,検察官から裁判官に対して留置請求を行い,そのチェックを経ることが必要となります(刑事訴訟法224条1項,同167条1項)。
鑑定留置状発布
検察官からの鑑定留置状発布請求を受けた裁判官は,その内容を精査し,捜査機関の請求を相当と認める場合には,期間(3カ月程度とされることが多い)を定めて相当な場所(医療機関・拘置所・留置場など)に被疑者を留置するという制限を付した上で鑑定留置状を発布します(刑事訴訟法224条2項,同167条2項)。
この鑑定留置状の効力により起訴前に行われるのが起訴前鑑定留置です。
鑑定留置期間中の被疑者の生活
以上の手続きを経た後,起訴前鑑定留置期間内に鑑定受託者が心神または身体についての鑑定が行われるのですが,必要がある場合には,さらに検察官の請求を受けた裁判官の鑑定処分許可状により(刑事訴訟法225条2項),強制手続きとして行われます(刑事訴訟法225条1項,同168条1項)。
当然ですが,鑑定留置中の全ての時間が鑑定に費やされている訳ではありませんので,鑑定は鑑定受託者(鑑定医)の都合に合わせて診察・検査などを通じて行われるため,被疑者はその他の時間については留置場所で時間を過ごすこととなり,勾留期間中とほぼ同じ生活をすることとなります。
もっとも,前述したとおり,鑑定留置期間中は勾留の執行が停止しますので,勾留期間の制限に縛られなくなり,他方で被疑者・被告人の取調受忍義務もなくなります。
そして,起訴前鑑定が終わると,医師によって鑑定書が作成され,検察官の下に届けられます。
鑑定留置決定に不服がある場合
検察官の請求に基づき裁判所の判断によって行われる起訴前鑑定留置ですが,これも長期間に亘る身体拘束を伴いますので,当然不服申し立て手段が認められています。
① 鑑定留置理由開示請求
その方法としては,まずいかなる理由で鑑定留置決定をしたのかどうか裁判官に開示を求める鑑定留置理由開示請求が可能であり,準抗告申立てや鑑定留置取消請求の手がかりとなります。
② 準抗告
そして,鑑定留置理由を明らかとした上で,鑑定留置の要件がなかったことを理由として(精神状態に問題がないために鑑定の必要がない,簡易鑑定で十分であるなど),鑑定留置決定に対して準抗告を申し立てることができます。
鑑定留置決定は1人の裁判官の判断により出されますが,準抗告は3人の裁判官の協議により慎重に妥当性の判断がなされます。
そして,協議の結果として鑑定留置の必要が無いと判断された場合には,鑑定留置決定が取り消されます。
③ 鑑定留置取消請求
また,当初は鑑定留置の必要があったものの,鑑定留置予定期間よりも早期に精神鑑定が終了するなどして鑑定留置の必要がなくなった場合など時間の経過とともに鑑定留置の必要が無くなることがありえます。
このような場合には,鑑定留置の要件が失われたことを理由として鑑定留置取消請求をすることができます。
起訴前鑑定留置後の流れ
(1)起訴処分となる場合
起訴前鑑定の結果も踏まえ,検察官が被疑者に刑事責任能力があると判断すれば,起訴処分とされます。
ここでいう刑事責任能力があるとは,完全責任能力と判断された場合はもちろん,心神耗弱と判断された場合も含まれます。
心神耗弱者は,刑が必要的に減刑されるものの,無罪になる訳ではないため刑事処罰を受けることが可能だからです。
(2)不起訴処分となる場合
他方,鑑定の結果を踏まえ,検察官が被疑者に刑事責任能力がない(心神喪失状態である)と判断した場合には,不起訴処分とされます。
起訴して審理を尽くしても心神喪失のために無罪となる可能性が高いからです。
この不起訴という終局処分により刑事手続きは終了します。
もっとも,心神喪失者と判断された者については,検察官により「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)」に基づく申立てがされ,鑑定入院等が行われる可能性がありますので,そのまま帰宅できるとは限りません。
余談(起訴後鑑定)
以上,本稿では,起訴前鑑定及び起訴前鑑定留置についての概略を説明してきましたが,鑑定は起訴後も行うことが可能です。
前記のとおり,心神喪失者は処罰できず無罪となるとされ(刑法39条1項),また刑事責任能力が著しく減退している心神耗弱者には減刑しなければならない(刑法39条2項)とされているからです。
もっとも,本稿で起訴後鑑定まで説明すると長くなりますので,起訴後鑑定については別稿に委ねたいと思います。