【交通事故による後遺障害】非器質性精神障害

交通事故被害に遭った場合に,脳の器質的損傷を伴わないにも関わらず,抑うつ状態,不安状態,PTSD,慢性化した幻覚・妄想性の状態,記憶又は知的能力の障害,その他の衝動性の障害,パニック障害,不定愁訴などの精神症状が発症する場合があります。

かかる脳の器質的損傷を伴わない精神障害のことを,非器質性精神障害といいます(なお,脳の器質的損傷を伴う精神障害等を,[高次脳機能障害]といい,別の認定基準により1級・2級・3級・5級・7級・9級のなかから等級認定がなされます。)。

以下,交通事故により非器質性精神障害が生じた場合,交通事故賠償上どのように扱われるのかについて,見ていきたいと思います。

非器質性精神障害の特質

平成15年12月の損害保険料率算出機構による自賠責保険における神経系統又は精神の障害に関する認定システムについて(報告書)では,非器質性精神障害は,以下の3つの理由から器質性精神症状と区別しています。

①多因性の障害である

脳の器質的損傷に起因する障害とは異なり,非器質性精神障害は,その発症及び症状の残存が,事故に直接的に関連する被害者の身体的外傷や心的外傷などの要因に加えて,被害者の環境的要因や個体側要因などが複雑に関連して生じる多因性の傷害であるということがいえます。

そのため,交通事故と非器質性精神障害発症との因果関係を判断するに当たっては,事故状況,受傷状況,精神状況発症時期,精神科専門医受信に至る経緯,精神医学的な診断名等の調査を行ったうえで,総合的に判断されることとなります。

②精神医学的に適切な治療によって完治し得る

非器質性精神障害は,脳の器質的損傷を伴っていないことから,身体的機能については何らの障害がなく,精神医学的に適切な治療を受けることによって完治し得るものといえます。

そのため,将来において回復困難な後遺障害を等級認定の対象とする自賠責保険の後遺障害等級認定のためには,請求時の障害状況のみならず,治療期間・治療経過,身体的障害の状況,事故外要因,予後状況等を総合的に判断されることとなります。

③精神科専門医の診断・治療が必要

前記のとおり,非器質性精神障害が,多因性のものであり,かつ完治の可能性があることから,精神科専門医(精神科,精神神経科,心療内科,メンタルクリニック等の医師)による診断及び治療がなされていることが,後遺障害等級認定の前提となります。

非器質性精神障害が認められうる必要条件

交通事故に起因する非器質性精神障害を認めうるためには,前記「第1」を留意した上で,①抑うつ状態,②不安の状態,③意欲低下の状態,④慢性化した幻覚・妄想性の状態,⑤記憶又は知的能力の障害,⑥その他の障害(衝動性の障害・不定愁訴など)のうち1つ以上の精神症状残し,

かつ①身辺日常生活,②仕事・生活に積極性・関心をもつこと,③通勤・勤務時間の遵守,④普通に作業を持続すること,⑤他人との意思伝達,⑥対人関係・協調性,⑦身辺の安全保持・危機の回避,⑧困難・失敗への対応の能力のうち,1つ以上の能力に障害があると認められる必要があります。

非器質性精神障害に適用される後遺障害等級

前記「第2」の要件を満たし,非器質性精神障害があると認められうる場合には,さらに就労意欲の有無や能力低下の状態を考慮した上で,労災保険の認定基準を準用して,労働や日常生活への障害の程度に応じて,以下のとおりの等級の認定がなされることになります。

①別表第二9級

通常の労務に服することはできるが,非器質性精神障害のため,就労可能な職種が相当な程度に制限されるもの(日常生活において著しい支障が生じる場合等)。

②別表第二12級

通常の労務に服することはできるが,非器質性精神障害のため,多少の障害を残すもの(日常生活に頻繁に支障が生じる場合等)。

③別表第二14級

通常の労務に服することはできるが,非器質性精神障害のため,軽微な障害を残すもの(日常生活において時々支障が生じる場合等)。

補足

非器質性精神障害は,脳組織に器質的異常が確認できないことから,画像所見や各種検査によってこれを根拠づけることができません。

そのため,非器質性精神障害が争われる場合には,そもそも非器質性精神障害が発症しているのか(詐病ではないのか),発症しているとして非器質性精神障害は交通事故との間に相当因果関係が認められるのか,相当因果関係が認められるとして被害者本人の心因的要因の寄与による素因減額が必要ではないのかなどの多くの争点が生じうる難しい法律問題に発展することが多い事例となります。

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