代理母に受精卵を提供して産まれた子の法律上・戸籍上の母親は誰か


今日では,生殖医療が発達し,一昔前では考えられなかった出産方法である赤の他人の精子と卵子による受精卵を代理母に着床させて出産してもらうということが技術的に可能となっています。

この方法でのいわゆる代理母による出産は,我が国で明文上禁止されていないため,これまでに何件もの実例が存在し,有名人がこれを選択して話題になったこともあります。

もっとも,代理母についての法律上の問題については,議論が尽くされているとはいい難く,多くの問題点が山積しています。

全てを紹介することは不可能ですので,本稿では,代理母に関する問題点のうち,代理母から産まれてきた子の法律上の母親(戸籍上の母親)が誰かという点のみに絞って検討します。

第1 代理母の法解釈上の問題点

1 民法の大原則について

代理母から産まれてきた子は,遺伝的に見ると,卵子提供者が母親となるはずなのですが,法律的にはそう簡単には行きません。

日本では,親子関係の確定根拠となる法律は,民法であるところ,民法における親子関係の規定は,生殖医療が発展する前のいわゆる自然分娩に限られていた時代の情勢を前提として規定されているため,遺伝的要素を前提として親子関係を決するという内容となっていないからです。

民法上,母とその嫡出子との間の母子関係の成立について直接明記した規定はありませんが,懐胎し出産した女性が出生した子の母であり,母子関係は懐胎,出産という客観的な事実により当然に成立することを前提とした規定を設けていることから(民法772条1項参照),母とその非嫡出子との間の母子関係についても,同様に,母子関係は出産という客観的な事実により当然に成立すると解されるのが通説・判例です(最判昭和37年4月27日・民集16巻7号1247頁)。

すなわち,法律上は,出産によって母子関係が成立すると考えられ,その結果として,出産をした者が母親であるとされています

そして,出産者が母親となる以上,卵子を提供したに過ぎない者が産まれてきた子の法律上の母親となることはできません

この結論に至る理由について,最高裁は,実親子関係は,身分関係の中でも最も基本的なものであり,様々な社会生活上の関係における基礎となるものであって,単に私人間の問題にとどまらず,公益に深くかかわる事柄であり,子の福祉にも重大な影響を及ぼすものであるから,どのような者の間に実親子関係の成立を認めるかは,その国における身分法秩序の根幹を なす基本原則ないし基本理念にかかわるものであり,実親子関係を定める基準は一義的に明確なものでなければならず,かつ,実親子関係の存否はその基準によって一律に決せられるべきものである。したがって,我が国の身分法秩序を定めた民法は,同法に定める場合に限って実親子関係を認め,それ以外の場合は実親子関係の成立を認めない趣旨であると解すべきと判示しています(最決平成19年3月23日・民集61巻2号619頁)。

2 最高裁の問題意識

前記結論については,前記最高裁決定が出された平成19年の時点で,前記決定をした最高裁自らが,女性が自己の卵子により遺伝的なつながりのある子を持ちたいという強い気持ちから,自己以外の女性に自己の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産することを依頼し,これにより子が出生する,いわゆる代理出産が行われていることは公知の事実になっているといえるところ,現実に代理出産という民法の想定していない事態が生じており,今後もそのような事態が引き続き生じ得ることが予想される以上,代理出産については法制度としてどう取り扱うかが改めて検討されるべき状況にある。

そこで,この問題に関しては,医学的な観点 からの問題,関係者間に生ずることが予想される問題,生まれてくる子の福祉など の諸問題につき,遺伝的なつながりのある子を持ちたいとする真しな希望及び他の 女性に出産を依頼することについての社会一般の倫理的感情を踏まえて,医療法制,親子法制の両面にわたる検討が必要になると考えられ,立法による速やかな対応が強く望まれるところであるとして,法解釈論での解決の困難性から,立法論での解決がなされるべきとして,速やかな法改正を求めています。

もっとも,その後10年以上この問題は放置され,また今般の民法の大改正でも解決が見送られたため,未だに前記の問題は解決に至っておりません。

第2 次善の手段として

以上のとおり,現行法上,受精卵を提供し代理母に出産をしてもらった女性は,産まれてきた子の法律上の母となることはできません。

最高裁自らがその結論に疑問を呈していますが,現行法の解釈では,これ以外の結論は不可能なのです。解釈論の限界です。

もっとも,受精卵を提供した者におけるどうしても母親になりたいとの心情は法的保護を受けてしかるべきものであるといえます。

この手段を選択する人は,この手段でなければ子を授かることができなかった人たちであり,この人たちからすると産まれてきた子は,藁にもすがる思いで時間と費用を費やしてようやく授かった我が子なのです。法がこの思いを踏みにじることがあってはならないと思います。

そこで,次善の手段として,受精卵を提供した者を養母として,特別養子縁組をすることによって,この者と産まれてきた子との間に法律的な親子関係を作り出すことがその救済手段となりえます。最高裁自身が,この手段を判断の正当化の担保としてとはいえ,わざわざ提案していることが,いかに不合理な結論であるのかを表しているのではないでしょうか。

養子といういささかテクニック的であり,かつ不十分な結果と言えますが(養子とすることで,新たな論点も発生します。),現行法上,卵子提供者と産まれてきた子との間に実施に近い形での法律上の親子関係を作出する手段は,これしかないのです。

本来であれば立法府である国会で解決しなければならない問題を,司法の手続きで救済しようとすることの限界といえます。

国会議員の方々には,政争ばかりにかまけることなく,解決しなければいけない各問題について,きちんと議論を果たして解決して欲しいと切に願います。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です