高齢等の理由によって職に就くことなく年金受給額のみで生活されている方が交通事故被害に遭って後遺障害を負った場合又は死亡した場合,同人の損害賠償額積算にあたり年金収入額を基礎収入に算入することはできるのでしょうか。
交通事故被害者に後遺障害が残ったり,同被害者が死亡したりする場合には,損害賠償額が高額になることが多く,強く争われることが多い論点ですが,結論的には,後遺障害逸失利益の場合と死亡逸失利益との場合ではその結論に違いがあります。
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年金受給額を「後遺障害」逸失利益積算における基礎収入に算定することはできない
原則
後遺障害逸失利益とは,簡単に言うと交通事故被害者が,交通事故により後遺障害を負ったために,労働能力が低下し,将来得られる収入が減少することによる損害です。
そのため,後遺障害逸失利益が認められるためには,交通事故により負った後遺障害によって将来収入が減少する(又は減少する可能性がある場合)に限られます。
この点,年金収入については,交通事故によって後遺障害を負ってしまったとしても,それを理由として年金受給額が減額されることはありません。
したがって,年金受給額を後遺障害逸失利益の算定に加味することは妥当ではありませんので,年金受給額を後遺障害逸失利益積算における基礎収入に算定することはできません。
このように解釈しても被害者に不利益はありません。
補足
もっとも,年金受給者であり,かつ交通事故時点で無職者であった場合でも,被害者の年齢,職歴,勤労能力,勤労意欲等に鑑み,就職の蓋然性があると認められる場合には,年金収入ではなく,就労が出来たとすると得られたであろう蓋然性の認められうる収入額を後遺障害逸失利益積算における基礎収入として算定することは可能です。
また,年金受給者であったとしても,同居の親族があり,それらの者のために家事労働を行っていた場合には,主婦休損額を後遺障害逸失利益積算における基礎収入として算定することは可能です。
年金受給額も「死亡」逸失利益積算における基礎収入に算定されうる
以上の後遺障害逸失利益とは異なり,死亡逸失利益を算定の場合にも,被害者の年金受給額を死亡逸失利益積算における基礎収入として算定できないと解釈すると,問題が発生し得ます。
被害者の年金のみで生活を形成していた親族などがいた場合,これを一律に否定されてしまえば,当該親族等の生活が交通事故によって行き詰ってしまうからです。
そこで,この不都合性を排するために,一般に,死亡被害者が受給していた年金給付が,労働対価の後払いのような性質と考えられる場合には,これを死亡逸失利益を算定の場合にも,被害者の年金受給額を死亡逸失利益積算における基礎収入として算定できると解釈することにしています(なお,そのため,労働対価性が薄い社会保障的性格が強いものは否定される方向です。)。
年金受給額を死亡逸失利益積算のための基礎収入に算入できるもの
①労災保険法に基づく各給付(障害補償年金・障害年金・障害特別年金)
②国民年金における各種基礎年金(老齢基礎年金【最判平成5年9月21日・集民169号793頁】・障害基礎年金【最判平成11年10月22日・民集53巻7号1211頁】)
③厚生年金保険法に基づく給付(老齢年金・障害厚生年金【最判平成11年10月22日・民集53巻7号1211頁】)
④国家公務員法に基づく年金(退職共済年金・障害共済年金)
⑤恩給法に基づく給付(普通恩給【最判平成5年9月21日・集民169号793頁】)
⑥その他
年金受給額を死亡逸失利益積算のための基礎収入に算入できないもの
①国民年金法に基づく遺族基礎年金
②厚生年金保険法に基づく遺族年金(最判平成12年11月14日・民集54巻9号2683頁)
③国家公務員共済組合法に基づく遺族共済年金
④恩給法に基づく扶助料
⑤その他
参考にしてください。