【全損時価額】交通事故被害車両が全損認定された場合の車両損害額が再調達価格の限度に制限される理由

交通事故被害に遭われた場合に,相手方保険会社担当者から,車両損害賠償額について,修理代より低い金額の提示がなされたことはありませんか。

この場合の多くは,交通事故被害に遭った被害車両が,相手方付保保険会社に全損認定されていることによります。

全損(物理的全損・経済的全損)とは

全損とは,被害車両が交通事故によって,物理的に修理不能となった場合(物理的全損)又は経済的に修理をすることが是認されない場合(経済的全損)をいうとされています(最二小判昭和49年4月15日,民集28巻3号385頁,交民集7巻2号275頁)。

一言でいうと,事故車両が修理不可能な場合と,修理代が車の価値より高い場合が全損です

なお,以上のほか,被害者の所有者においてその買替えをすることが社会通念上相当と認められるときも全損に含まれるとされていますが,(被害車両を買替えたことが社会通念上相当と認めうるがためには,フレーム等車体の本質的構造部分に重大な損傷の生じたことが客観的に求められることを要するとされています。),例外的な事例ですので,本稿での説明は割愛します。

被害車両が全損認定された場合の請求上限額

上限額が再調達価格の限度とされる理由

法律上,不法行為に基づく損害賠償の方法は金銭賠償によるとされていますので(民法722条1項,同417条),交通事故被害車両所有者が,加害者に対して代替車両を要求することはできません(新車要求も当然できません。)

そこで,被害車両についての車両損害賠償額の上限がいくらになるが問題となるのですが,被害車両が全損認定がされた場合,加害者に対して請求できる車両損害額は,事故車両の再調達費用が上限となります。

これは,物理的全損の場合のみならず,経済的全損の場合でも同様です。

物理的全損の場合は,修理ができませんので,請求額が事故車両の価格(時価額)であるということはわかりやすいと思いますが,この結論は,事故車両が経済的全損とされた場合でも同じです。

経済的全損の場合にも,修理代金ではなく,全損時価額の範囲に限定される理由は,物の価値を超える修理代を費やして,その修理代以下の価額しか有しない価値に戻すことには経済的合理性が認められないとされているからです。

再調達価格はどのように算定されるのか

車両損害上限額となる再調達費用とは,消費税相当額を含めた全損時価額(車両本体価格)と買替諸費用の合計額から事故車両の売却代金を引いたものをいいます。

再調達価格=(車両本体価格+消費税)+買替諸費用-車両売却価格

全損認定の場合の再調達価格算定のための各費目の考え方

①車両本体価格

一般に,全損時価額にいう車両本体価格は,当該「中古車が損傷を受けた場合,当該自動車の事故当時における取引価格は,原則として,これと同一の車種・年式・型・同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得し得るに要する価額によって定める」べきであるとされています(最二小判昭和49年4月15日,民集28巻3号385頁,交民集7巻2号275頁)。

すなわち,全損時価額の算定根拠となる車両本体価格は,中古車市場(マーケット)において,同等車両を取得する際に必要な額をいいます

もっとも,この中古車市場での再取得額算定の困難性から,実務ではオートガイド自動車価格月報(いわゆる,レッドブック)によることが多いと思われます。

これに対し,自動車保険会社から,車両本体価格につき,新車価格から減価償却をして,時価額算定をするなどと言われることがありますが,全く理由のない誤った申し出ですので,そのような申し出に応じる必要はありません。

理由は,以下の判例があるからです。

(全損時価額にいう車両本体価格)「を課税又は企業会計上の減価償却の方法である定率法又は定額法によって定めることは,加害者及び被害者がこれによることに異議がない等の特段の事情がない限り許されない(【最二小判昭和49年4月15日】,民集28巻3号385頁,交民集7巻2号275頁)。

また,既に法定耐用年数を経過した上,購入を10年以上経過してレッドブックにも時価額の記載がなされないような場合であっても,実務上は,被害車両について0円と評価するのではなく,使用価値を考慮して新車価格の1割程度の残存価値が認められると評価して損害認定することが一般的です。

なお,市場価格を算定できない場合(改造車等の場合)には,やむを得ず減価償却の方法をとることもあります。この例外的な場合については,別稿:改造車が交通事故被害に遭った場合,車両本体と改造パーツの全損時価額認定はどのように行うのかをご参照ください。

②消費税等

消費税については,肯定例・否定例のいずれも存在していますが,裁判実務ではこれを肯定するのが一般的です(肯定事例:①東京地判平成22年1月27日等),残存車検価値(肯定事例:①東京地判平成15年8月4日・交民集36巻4号1028頁,②東京地判平成14年9月9日・交民集35巻6号1780頁)。

③買替諸費用

買替諸費用については,別稿:交通事故被害車両が全損認定された場合に加害者側に請求できる買換諸費用についてにて詳しく紹介しておりますので,同稿をご参照ください。

④車両売却価格

文字通り,事故に遭った被害車両を売却して得られた金銭です。

自動車は,部品の塊ですので,一部の部品の不具合によって使用できなくなったとしても他の部品は再利用可能です。

そのため,全損認定されて廃車となった場合にも,部品売却のため一定額で売却可能なことが多いため,当該売却額については損害認定から控除する必要があります。

⑤その他

なお,被害車両を売却することなく廃車した場合には,廃車費用をどうするか問題となります。この点については肯定例・否定例のいずれも存在しています(肯定例:①東京地判平成15年8月4日・交民集36巻4号1028頁)。

余談(加害者が再調達費用の全額の支払いをすると)

なお,余談ですが,交通事故を起こし100%の過失割合によるとされた場合であり,かつ被害車両が全損と評価された場合には,交通事故を起こした加害者が被害車両の全損時価額の全額の支払いをした場合には(なお,双方に過失がある場合に過失分のみ支払ったにすぎない事案は除きます。),当該加害者が,被害車両の所有権を取得します。

その理由については,別稿:交通事故加害者が被害車両の時価額全額を支払った場合当該車両の所有権を取得する理由をご参照ください。

“【全損時価額】交通事故被害車両が全損認定された場合の車両損害額が再調達価格の限度に制限される理由” への1件の返信

  1. 本年3月10日に、片側1車線の一般道の直線道路で通行中、対向車が居眠りのため突然当方の通行帯に突っ込んで来て、正面衝突(正確には運転席側の1/3くらいのオフセット衝突)の事故になりました。
    相手側運転者の「居眠りしていた」との発言と、相手の車のドライブレコーダーの記録から、現場に来た警察官も映像を見て「車体が完全に反対車線に入り込んだ状態での正面衝突」である状況を確認しまして、その旨を私に告げました。
    その後の相手側保険会社からの連絡でも、「100対0」で相手側の過失(加害)である事故ですとの説明を受けました。
    そこで、相談ですが、私の乗っていた車両が、ローンを組んで購入しているため、事故時点では、残債があります。しかし、今年の4月には残りのローンを一括払込みする予定で、積立を準備していました。そこにこの事故が起こり、私の車両は修復不可能との自動車会社の判断が下され、全損・スクラップにする方向になりました。
    ここで、私が加害者側の保険会社に主張しているのは、
    ①事故に会わなければ、4月にはローンを完済し、所有権移転をして私の車になる計画であったこと。(所有者は現状は販売ディーラーです、使用者は私です)
    ②その結果、予定では自分の車に見込であったはずの「その車」は事故により滅失したわけです。
    ③滅失した結果、私の手元には残ったものは、車の残ローンであり、失われたモノは、今後乗っていたであろう「車両」です。
    ④つまり、保険会社の主張では、「損害賠償では滅失した車両を同等品と買い替える費用として物損保障をするだけなので、その金員を事故車両のローン残債にあてて、完済しないと所有権移転も出来ず、廃車手続きも出来ないので、そのために充てるしかないです」
    との説明です。
    ⑤しかし、そもそもローンを完済した暁には、車は自分名義・所有となるはずなので、車は手元に残ります。ローンの義務も終了し車も所有となるので、全ては叶うわけですよね。
    でも、保険会社の論法では、乗れるはずだった「車」の現況復帰は保障されていません。まずもって一番重要な「原状回復」は50%しか達成されていないです。
    ⑥いま、この点で、保険会社に私の考えが受け入れられず、平行線のまま事態は止まっています。

    このような状況ですが、私としてはローンの返済に充てるべきの金員の保障と、車の購入についての保障の両方が充足しないと、とても納得出来ないと思っています。
    示談に至る条件として、「上記の車両の保障」と、「怪我の治療の進捗の見込み」が揃わないと、示談締結には至らないと考えています。
    相手側保険会社と、どのように話を進めていけばいいのか、ほとほと困っていますので、ぜひご指導をお願いします。

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