交通事故被害に遭われた場合,そこそこ多い頻度で,あごの障害を残すことがあります。
もっとも,あごの障害は,被害者自身気が付いていないことも多く,見落とされやすい障害でもあります。
本稿では,この交通事故の場合に生じるあごの障害の原因となる顎関節症について検討したいと思います。
【目次(タップ可)】
顎関節症とは
顎関節症とは,顎関節や咀嚼筋の疼痛,関節雑音,開口制限ないし顎運動異常を主要症候とする慢性症候群の統括的診断名です。
顎関節に起因する症状としては,大きく分けて,顎関節部の疼痛,雑音(いわゆるクリック音),開口障害という3つの代表的症状があります。
もっとも,顎関節症が発症した場合に,前記3つの症状の全てが生じるとは限らず,1つ,2つの症状のみの発症の場合もありますが,これらの代表的症状のうちの1つ以上の症状があり,鑑別診断で他の疾患がない病態の場合に,顎関節症と診断されます。
顎関節症は,交通事故の外力以外の場合でも,噛み合わせの悪さ,偏咀嚼,顎や筋肉に負担をかける癖や習慣,ストレスによっても生じうるとされています。
交通事故による顎関節症の発症原因
一次的要因による発症
交通事故により,左右いずれかの顎関節部を強打した場合は関節円板(上顎と下顎の関節の付け根の部分)がずれることがあり,かかる場合には,交通事故による1次的外力による顎関節のずれ又は変形が生じ,これを原因として顎関節症が発症する場合があります。
顎骨の骨折等によっても発症しえます。
外力により直接生じた顎関節症の治療方法としては,マウスピース利用による「スプリント療法」,顎関節の関節円盤を正しい位置に戻す「マニピュレーション法」,関節の矯正などを行う「手術」,顎関節部のマッサージとホットパックで血行促進等が考えられます。
二次的要因による発症
また,交通事故による直接の外力によるものではなく,事故による他部位の受傷等により,二次的に顎関節症が発症することもありえます。
二次的発症の具体的要因としては,咀嚼筋の硬直や,頚部捻挫等による頚部症状等が考えられます。
二次的に生じた顎関節症の治療方法としては,当該原因要因の治療によることが多いといえます。
顎関節症発症の場合の後遺障害等級について
基本的な考え方
では,交通事故により顎関節症が発症した場合,いかなる行為障害等級が認定されるのでしょうか。
まず,大前提として,自賠責保険において顎関節症の傷病名が付されたことそのものによる後遺障害等級認定はなされません。
顎関節症に起因して認められる後遺障害等級は,顎関節症により生じた各症例に対して個別になされることになっているからです。
そのため,具体的には,「顎関節部の疼痛」については神経系統の障害として,「開口制限」については咀嚼障害・開口障害として,後遺障害等級認定がなされます。
他方で,「雑音(クリック音)」については,後遺障害等級認定はなされません。
後遺障害等級まとめ
以上を前提として,自賠責保険において顎関節症に起因する後遺障害等級認定をまとめると,以下のとおりのとなります。
(1)顎関節部の疼痛を原因とする後遺障害等級
12級13号 | 局部に頑固な神経症状を残す |
14級9号 | 局部に神経症状を残す |
なお,理論的には12級よりも上位の後遺障害等級認定も考えられますが,顎関節症の場合にこれより上位等級認定は極めてまれと思いますので,本稿での紹介は割愛します
(2)開口障害を原因とする後遺障害等級
10級3号 | 開口障害等により咀嚼又は言語の機能に障害 |
12級相当 | 開口障害等を原因として咀嚼に相当時間を要する |
なお,理論的には10級よりも上位の後遺障害等級認定も考えられますが,顎関節症の場合にこれより上位等級は極めてまれと思いますので,本稿での紹介は割愛します。興味があれば,前記リンク先ページをご参照ください。