交通事故加害者が被害者の高圧的態度に屈して意に反する示談書・念書等にサインをした場合にその効力を覆せるか

交通事故を起こしてしまった加害者が,被害者側から高圧的な態度をとられて,無理矢理全過失を認めるとか,高額の損害賠償をするという内容の念書・誓約書・示談書等にサインをさせられてしまうことが散見されます。

意に反する示談書等にサインをしてしまった場合,交通事故加害者は,被害者の過失や損害について一切の抗弁を言えなくなってしまうのでしょうか。

以下,示談書等の法定拘束力と,これを覆す法的構成について検討します。若干マニアックな理論の話となりますので,わかりにくければお近くの弁護士に相談してください。

示談書等の法定拘束力

交通事故処理についての念書・誓約書・示談書は,加害者と被害者との示談合意(契約)の立証資料と解釈されます。

そのため,これがあることによって,加害者と被害者に示談合意(契約)があったんだと推認されることになります。

日本では,私的活動においては国家権力による干渉をうけることなく自由に行動することが出来るとされており,個人間の契約締結については最大限の保証をの下にあると考えられています(私的自治の原則)。

そのため,この私的自治の下で締結された契約によって,両当事者(交通事故示談の場合には,加害者及び被害者)を法的に拘束することとなり,契約により生じた権利を行使することが出来るようになり,他方で契約により生じた義務を履行しなければならなくなります。

すなわち,交通事故を起こしてしまった加害者が,被害者側から高圧的な態度をとられて,無理矢理全過失を認めるとか損害を全額賠償するという念書・誓約書・示談書等にサインをさせられてしまった場合,加害者は,原則としてその契約の効力として,サインをした契約書記載された義務を履行する責任を負うのが原則です(記載された金銭を支払う義務を負います。)。

示談合意(示談書)の法定拘束力を覆す法的構成

契約の効力が発生するための要件

では,前記原則を覆すにはどうすればよいのでしょうか。

これを覆す法律構成を契約の成立過程から説明します。

契約による効力が発生するためには,全図のとおりの①成立要件(人と内容の一致),②有効要件(法的保護に値する),③効果帰属要件(代理権限がある),④効力発生要件(効力発生時期到来)という4つのプロセスを経ることとされています。

そこで,一旦締結してしまった示談合意(契約)を撤回しようとする場合,前記4つのプロセスのいずれかを覆す必要があります。

この点,交通事故示談合意の場合に,①成立要件,③効果帰属要件,④効力発生要件が問題となることはほぼないと思われますので,本稿で問題としている示談書の効力を覆すための法律構成を考えるとすると,②有効要件に限られてきます。

契約の有効要件とは

では,契約の有効要件とは,何を言うのでしょうか。

一言でいうと,その契約内容が法的保護に値する内容である必要があるという要件です。

法的保護に値しない契約は無効・または取り消しにより効力を喪失します。

この契約を有効ではなくさせるものについて,民法で以下のものを列挙しています。

①虚偽表示(民法94条)→無効

②錯誤(民法95条)→無効

③公序良俗違反(民法90条)→無効

④心裡留保(民法93条)→原則有効・例外無効

⑤制限能力→取り消し得る

⑥詐欺(民法96条)→取り消し得る

⑦強迫(民法96条)→取り消し得る

そこで,交通事故を起こしてしまった加害者が,被害者側との間で意に反する示談書にサインをしてしまった場合,前記有効要件のどれかを主張して争うというのが一般的です。

交通事故直後になした示談意思表示を事後に争う方法

この点,交通事故を起こして意に反する示談書にサインをしてしまった加害者が争う有効要件は,前記各列挙事項のうち,錯誤,公序良俗違反,詐欺・強迫の3つであることが通常です。

錯誤(②民法95条)

錯誤は,勘違いだったの無効だという主張です。

法律的にいうと,表示に対応する意思が欠缺し,かつ意思の欠缺について表意者の認識が欠けていることをいいますが,細かい定義はどうでもいいです。

要は,法律行為の要素(示談をするに際して考えていた前提事実)に重大な錯誤があり,この錯誤がなければ,契約締結の意思表示をしなかった場合をいいます。

本事例で言えば,示談内容が,交通事故損害賠償実務上の損害算定の根拠となる事実に根本的な勘違いがあり,その勘違いがなければ示談合意などしなかったものであるため,無効であるという主張になります。

この点については,交通事故損害賠償交渉において,早期解決意向等の諸般の事情によって,ある程度の事実認定を譲歩して一定程度自己に不利益な内容で示談合意をすること自体ままあることですので,交通事故損害賠償実務と相当に離れた合意でなければ錯誤無効によって示談合意を覆すことは困難です。

公序良俗違反(③民法90条)

公序良俗違反は,社会的に見て不合理な内容であるため無効だという主張です。

法律的にいうと,契約が有効であるためには,契約内容についての社会的妥当性が必要であるところ,これを欠く契約は国家や社会の一般的利益に反するものであるとして法的保護に値しないとの主張を言います。

要は,社会的に見て許されない契約である場合になされる主張です。

本事例で言えば,示談内容が,交通事故損害賠償実務と著しくかけ離れた内容で示談をさせられたものであり,不合理であるために無効だという主張です。

この点については,交通事故損害賠償交渉において,早期解決意向等の諸般の事情によって一定程度自己に不利益な内容で示談合意をすること自体ままあることですので,交通事故損害賠償実務と著しくかけ離れた合意でなければ公序良俗に反するとして無効主張し,示談合意を覆すことは困難です。

詐欺(⑥民法96条)・強迫(⑦民法96条)

詐欺は騙された,強迫は脅されたの取り消すというという主張です。

これらはほぼ文字通りです。

本事例で言えば,詐欺は被害者に騙されて示談をさせられた,強迫は被害者に脅されて示談をさせられたので取消すという場合になされる主張です。

この点についても,交通事故直後は,被害者自身もある程度の感情の高ぶりが生じている状況かであるため,一定程度事実と異なる又は強い口調で加害者と話をして示談を求めること,また加害者は被害者に対する申し訳なさから,加害者の主張内容を基に示談合意をすること自体ままあることですので,詐欺又は強迫を理由に示談合意を取り消すには,相応の立証が必要となります。

裁判例の紹介


以上の法律構成は,主張すること自体は簡単ですが,その前提事実を立証するには一定の困難性をともないます。
悩まれた場合には,お近くの弁護士にご相談下さい。

以下,参考までに本稿の争点について争われた裁判例を挙げておきます。

示談合意が錯誤無効とされた事例

調査中

示談合意が公序良俗に反して無効とされた事例

調査中

示談合意が詐欺又は強迫で取り消された事例

①大阪地判平成30年6月15日・自保ジャーナル2031号125頁

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