産まれて来た子供の法律上の父親となるのは,誰なのでしょうか。
世間では,父親とは,子供の血縁上の男親,すなわち精子提供者を意味するというのが一般的な感覚だと思いますが,この概念は,法律上の父親の定義とは異なります。
そこで,以下,法律上の父親(戸籍に記載され,相続人関係や扶養義務が生じるなどの法的関係が発生する関係となる父親)は誰なのかという点について検討します。
法律上の父子関係の大原則
父親と対比をするために,まずは母親について考えてみます。
わが国では,子供と母親との法律上の母子関係は,分娩という事実により当然に発生するとされています(最判昭和37年4月27日・民集16巻7号1247頁)。
かつては,お腹を痛めたことによって産まれた子の母親が誰かということが問題となることがなかったため,分娩という事実のみによって法律上の母親を決めても全く問題とはならなかったのです。
そのため,母親についていえば,血縁上の母親=法律上の母親とすることとされました。なお,この点については,科学技術の進歩により可能となった代理母によって子が産まれた場合の法律上の母親は誰かという新たな法的問題が生じているのですが,その問題点の紹介は別稿に譲ります。
他方,子供と父親との関係は事情が異なります。
血縁上の父親は,精子を提供するのみであり,その後の胎児の成長・分娩には全く関与しません。
そこで,かつては,産まれてくる子供の血縁上の父親が誰かを科学的に特定することができませんでした。
そこで,法は,子供と父親との法律上の父子関係については,血縁的なものではなく,婚姻関係から導くことと決めることにしたのです。
具体的には,婚姻中に妻が懐胎した場合,その産まれて来た子の父親を,その法律上の夫の子であると推定することとしました(民法772条1項,推定される嫡出子)。
なお,民法772条2項によって,婚姻成立時から200日後,又は婚姻解消日から300日以内に産まれた子は,婚姻中に懐胎したと推定されます。なお,婚姻成立時から200日以内に産まれた子は,法律上嫡出推定がなされたいものの,内縁の先行やその期間の長短等の実質的審査権のない我が国の戸籍実務では,夫婦間に産まれた子については一律に生来の嫡出子として扱うという運用がなされているため(昭和15年4月8日・民事甲432号・民事局長回答),妻が産まれて来た子についても父を夫として届けることが出来ることとなっています。この場合,妻は,産まれて来た子を非嫡出子として届けることもできますので,産まれて来た子を夫の子と定めるかについては,妻(母)の意思にゆだねられる結果となります。
以上の結果,基本的には,法律上の父子関係については,子との血縁ではなく,その子の母とその夫との夫婦関係の成否によって決せられることとなるのです。
一言でいうと,日本では,産まれて来た子の「法律上の父親とは,母の夫」を意味するのであり,精子を提供した血縁者を意味するのではないのです。
そのため,婚姻関係にない男女間で子供を設けた場合,産まれて来た子と,精子を提供した人との間に血縁関係はあるものの,法律上の父子関係は当然には発生しません。
この場合に,産まれて来た子と,精子を提供した人との間に法律上の父子関係を生じさせるためには,認知の手続きをとる必要があります(民法779条,781条,787条)。
血縁上の父母についての,法律上の親子関係のまとめは,以下のとおりです。
血縁上の母との法律関係 | 血縁上の父との法律関係 | |
婚外子 | 分娩の事実により非嫡出子 | 無関係 |
↓ | ↓(認知) | |
↓(準正) | 非嫡出子 | |
↓ | ↓(準正) | |
婚中子 | 嫡出子 | 嫡出子 |
法律上の父子関係の問題点
法律的には以上のとおりなのですが,冒頭に記載したとおり,世間一般の父親の概念とは異なった解釈といえます。
また,今日では,科学技術の発展により,DNA鑑定等により,かなり高確率で血縁上の父親を特定することができ得ます。
そこで,今日では,子供の父親を婚姻関係から導くことは妥当ではないのではないかということが頻繁に議論されています。
実際に,科学的証拠を用いて,前記法律上の父子関係の取り消し等を求める裁判が頻繁に提起されていますが,現時点では,最高裁は,一貫して,科学的根拠により血縁上の父子関係が明らかであっても,子供の身分の法的安定性の必要性から,これを理由として法律上の父子関係の取り消し,変更等をなしえないと判断しています。
この点については,最高裁も同様の問題意識を有しており,判決に際して,司法解釈での解決の限界として,立法措置を求める補足意見が付記されることがあります。
議論の深まりにより,立法的な解決が期待される分野といえますね。