交通事故加害車両がタクシーの場合に無茶な主張がなされる理由

交通事故被害に遭われた場合,法律上,加害者が被害者が被った損害を賠償する必要があります。

この点,被害者は,加害車両がタクシーの交通事故の場合,加害車両が一般自動車であれば被らなかったであろう二次被害を受けることが多々見受けられます。

それは,タクシー会社の多くが,保険会社の自動車保険に加入せず,タクシー共済に加入していることによるものです。

どういうことか,以下説明します。

タクシー会社の保険等付保義務

自動車保険(任意保険)

意外に思われるかもしれませんが,かつては,タクシー事業を行う際であっても,タクシー会社は自動車保険に入る必要がない時代がありました。

そのため,かつては自動車保険に加入していないタクシー会社も多かったのです。

ところが,以下の理由により,タクシー会社は,平成17年4月28日以降,法律上,自動車保険に加入することを強制されています(道路運送法31条7号)。

道路運送法31条
国土交通大臣は、一般旅客自動車運送事業者の事業について旅客の利便その他の公共の福祉を阻害している事実があると認めるときは、一般旅客旅客運送事業者に対し、次に掲げる事項を命ずることができる。
⑦旅客の運送に関し支払うことあるべき損害賠償のため保険契約を締結すること。

そして,その加入すべき自動車保険契約の内容も,以下のとおりの規制を受けています(旅客自動車運送事業運輸規則第19条の2,平成17年国土交通省告示503号)。

  • 人身損害については被害者1名あたりの補てん限度額が8,000万円以上
  • 物損については1事故あたりの補てん限度額が200万円以上
  • タクシー事業者に法令違反があっても損害保険会社(または事業協同組合)が免責されることはないこ
  • 保険期間中(または共済期間中)の保険金(または共済金)支払額に制限がないこと
  • タクシーの台数に応じて契約をする場合は、すべての台数分の契約をすること
  • 物損についての免責額が30万円以下
  • 賠償額に対する(タクシー会社側の)一定割合の負担額その他の負担額がないこと
旅客自動車運送事業運輸規則第19条の2
旅客自動車運送事業者は、事業用自動車の運行により生じた旅客その他の者の生命、身体又は財産の損害を賠償するための措置であつて、国土交通大臣が告示で定める基準に適合するものを講じておかなければならない

タクシー共済

もっとも,タクシーは,その走行距離が長かったり,客の乗り降りや乗客の指示によって突然の制動を行ったりすることもあり,一般自動車に比べて事故の発生確率が高く,そのため,タクシーが,保険会社の自動車保険に加入すると,一般自動車に比べて保険料が高額となります(保険料は事故率に応じて決定されています,大数の法則)。

そのため,タクシー会社が,一般自動車の保険料を基準として自動車保険に加入すると,直ちにタクシー会社の経営を圧迫します。

そこで,タクシー会社は,複数社が集まって,人件費や宣伝費を極限まで圧縮することによって保険料を減額したタクシー共済を組織し,より少ない保険料で保険会社の自動車保険と同様の処理を行うこととしています。

このタクシー共済は,組合員であるタクシー会社は共済掛金(保険料)を支払う一方、事故で賠償義務を負担すると共済金(保険金)を受け取って賠償金に充てることができるという業務を行いますので,一種の保険として,道路運送法31条7号,旅客自動車運送事業運輸規則第19条の2,平成17年国土交通省告示503号の要件を充足すると考えられています。

自動車保険契約・タクシー共済付保の結果として

以上のとおり,今日では,タクシー会社は,自動車保険を付保又はタクシー共済に加入していなければ,タクシー事業を継続できません。

そのため,ほぼ全てのタクシーに自動車保険・タクシー共済がついています。

その結果,タクシーが交通事故に遭った場合,被害者の方とのやり取りから示談交渉までの一切の事故処理を,加害車両であるタクシーに付保された自動車保険会社又はタクシー共済の担当者が代行することになります。

関連論点:【示談代行は非弁行為か】自動車保険会社担当者が加害者に代わって交通事故被害者と示談交渉することが弁護士法72条に違反しない理由

【補足】
なお,補足ですが,タクシーに付保される保険・共済のほとんどは,保険料を安くするために物損については30万円以下は免責とされています。
30万円以下の物損事故には保険・共済が使えないという意味です。
そのため,30万円以下の物損事故の被害事故の場合,被害者は,保険会社やタクシー共済の担当者ではなく,「タクシー会社の担当者」と直接交渉することとなるのですが,ここでひどい扱いを受けることも多いので,注意が必要です。
参考まで。

タクシー共済加入による弊害

タクシーに付保されているのが自動車保険であれば,タクシーを加害車両とする交通事故の場合,保険会社の担当者が被害者と示談交渉を行います。

自動車保険会社は,金融庁の指導を受けますので,それほど無茶は言ってきません。

他方,タクシーに付保されているのがタクシー共済であれば,タクシーを加害車両とする交通事故の場合,タクシー共済の担当者が被害者と示談交渉を行います。

タクシー共済は,複数のタクシー会社の相互扶助組織(いわば福利厚生事業)に過ぎませんので,事業規模がとても小さく,当然に資金面での余裕もありません。

また,タクシー共済には,営業のために顧客満足度を上げる必要性も薄くクレームを厭う必要がないために丁寧な交渉を心がけることもありませんし,また担当者の数も少ないですので,そもそも丁寧に対応することにも限界があります。

また,金融庁からの指導が入る任意保険とは異なり,行政機関からの指導もありませんので,タクシー共済担当者は,平然とダメ元の無理筋の主張をしてきます(無茶を言って被害者が諦めればラッキーと思っています。)。

その結果,タクシーを加害車両とする交通事故の被害者は,交通事故の被害のみならず,その後の示談交渉においても相当の困難を強いられるという2次被害を被ることも多いのです。

代表的な無理筋主張は,以下のようなものです。

【過失論について】

①タクシー側に非がないという主張を譲らない。

②過失事故の場合に,持ち別れ(双方請求しない)での示談を強く主張する。

【物損について】

①車両損傷個所を認めない。

②車両修理額を認めない。

【人損について】

①治療費等の立替払いをしない。

【その他】

①そもそも示談交渉に取り合わない。

②タクシー側の主張と異なる意見が出ればすぐに訴訟でもすればと言ってくる。

最後に

不幸にも交通事故に遭われた場合,加害車両が一般自動車であるかタクシーであるかで対応が異なるというのは被害者にとってはたまったものではないかもしれません。

ただ,現実には,タクシーに付保されているのは自動車保険ではなくタクシー共済ということも多く,これが被害者救済目的のものではなく,単にタクシー会社の互助組織に過ぎないものであるために,一般自動車との事故の場合に比して,強硬・高圧的な対応をとられるという現実を理解しておく必要はあります。

タクシーを加害車両とする交通被害事故に遭い,タクシー会社側の対応に疑問を感じられた場合には,泣き寝入りすることなく,ぜひお近くの弁護士に相談されることをお勧めいたします。