交通事故においては,明らかな骨折や脱臼を伴わない頚椎支持軟部組織(靭帯,筋肉,椎間板等)の損傷を主体とするむち打ち所見が頻発し,多くの場合これが原因となって当事者間で紛争となります。
そこで,以下,交通事故処理専門弁護士が,交通事故におけるむち打ち損傷事案処理に必要な限度での最低限の頚部損傷についての概略説明をしますので,交渉の前提としていただければ幸いです(なお,厳密な意味での医学的見解と異なる場合があることを前提としていただきたい。)。
【目次(タップ可)】
交通事故に起因する頚部損傷のメカニズム
頚部損傷のメカニズム
頚部損傷のメカニズムは,追突等の衝撃によって頭部に加えられた慣性により,それを支えている可逆性のある頚椎に介達力が働き,過屈曲・過伸展が生じることにより,生理的な可動範囲を超えた動きが生じて頚部組織が損傷するものです。
追突→頚椎圧迫→伸展→屈曲→伸展→屈曲・・・・
もっとも,今日では,ヘッドレストによって,過伸展が生じる程度は大きくないため,むち打ちという名称自体に疑問も生じているのですが,本稿ではその点は無視します。
外傷分類
①1次損傷
事故時の外力による直接の損傷です。
②2次損傷
1次損傷後に起こる組織損傷で,炎症反応を主体とします(完成までに48時間を要します。)。
頚部の構造
むち打ち損傷のメカニズムを見た上で,次に損傷する頚椎の構造を見ます。
頚椎は7つの椎骨からなり,その解剖学的特徴によって第1,第2頚椎を上位椎骨,第3~第7頚椎を中位・下位頚椎と大別されます。
椎体
椎間板
椎間板は,繊維輪,髄核,軟骨終板から構成される「饅頭型」の組織であり,椎間可動性の制御,維持(いわゆるクッションとして)に役立っています。
髄核(饅頭のあんこ部)は,保水性の高いムコ多糖を多く含むゲル状の構造をしており,繊維輪(饅頭の皮部)は髄核を取り囲む線維軟骨で構成される支持組織であり、椎骨終板は,椎体と椎間板の結合部です。
椎間板は,加齢とともに変性し,繊維輪には亀裂が生じ,また髄核及び線維輪内層の含水量は低下していく組織です。
靭帯
筋肉
神経
事故で損傷される頚椎の組織と分類
交通事故により損傷され得る頚椎の組織
受傷時の外力の大きさや,頚椎にかかる外力に応じて複合損傷が生じ得るのですが,主な損傷組織は,以下のとおりです。
①伸展時
特に頚椎前方の支持組織(胸鎖乳突筋,頚長筋,前縦靭帯,椎間板等)に損傷が生じうる。
②屈曲時
主に頚椎後方の支持組織(項部筋,棘上・棘間靭帯,椎間関節包,黄色靭帯,椎間板)に損傷が生じうる。
症状に基づく頚部損傷の古典的分類
①頚椎捻挫型(狭義の頚椎捻挫)
頸椎捻挫型は,頚部を支持する筋肉・靭帯の損傷を主体とする損傷で,原則として神経症状がない場合をいいます。
この場合,頚部痛・頭痛・上肢のだるさなどの自覚症状が中心であり,他覚的な神経症状を認めません。
②神経根症型
神経根症型は,脊髄から分かれた神経根に損傷がある場合をいいます。
なお,脱臼・骨折がなくとも神経根損傷はありうるのですが,外傷と疾病との区別が不明瞭です。
③脊髄症型(脊髄損傷型)
脊髄症型は,脊髄実質の損傷がある場合をいい,完全四肢麻痺を呈する完全損傷と,運動あるいは近くが多少なりとも温存される不(完)全損傷とに分かれます。
外傷性脊髄損傷の場合には,通常「受傷直後から」麻痺症状が発症し,以降不変か改善に向かうこととなります。
頚部損傷についての診断の一般的手順
交通事故による頚部損傷についての診断は,頚部支持組織に及んだ一時損傷の程度と範囲と,頚部損傷のうちどの病型に属するのかを判断するために行われます。
実際の手順としては,問診→診察→検査の順に行われ,問診で聞き取った患者の主訴・愁訴に対応する客観的所見があるかを診察・検査によって判断することになります。
問診
問診の主目的は,患者の愁訴(自覚症状)と、患者の症状のうち事故外傷により生じた1次損傷の範囲の特定です。
①主訴と愁訴
②現病歴(受傷日時と受傷起点)
いつの事故か
事故態様
症状発症はいつか
症状経過
③既往歴
診察(理学検査)
問診に続いて、頚部の痛み・運動制限・筋緊張,及び四肢の状態を確認することにより,患者の愁訴の原因となる他覚的所見が存在するかを確認するため、診察が行われます。
もっとも,医療・人体はファジーなものであり,1つの数値・検査結果で判断できるものではないことを理解しておく必要があります(同じ症状・所見でも,医師により診断名・治療方針が変わる。)。
(1)頚部の検査
頚部の検査としては,①可動域検査によって痛み・運動制限の有無・損傷部のチェックを,②圧痛点によって二次的な筋緊張状態の把握を,③疼痛誘発テストによって神経組織の損傷の有無を確認することになります。
① 可動域検査【痛み・可動域制限の確認】
まず,頚部の前後屈・側屈・回旋を行い,痛み・運動制限の有無を確認します。
② 圧痛点【損傷部位・二次的な筋緊張の確認】
次に,胸鎖乳突筋,僧帽筋,大後頭神経,傍脊柱筋,棘突起・棘間の圧痛点を押し,損傷部位のチェック,二次的な筋肉の緊張状態を把握します。
主な圧痛点は,胸鎖乳突筋,僧帽筋,大後頭神経,傍脊柱筋,棘突起あるいは棘間です。
③ 疼痛誘発テスト【神経根症状の有無の確認】
神経根症状がある場合,検査者が,椅子に座らせた被検査者の頭部を上方から手で圧迫すると頚部の椎間孔が狭められるため,神経根に障害がある部位のしびれや痛みが再現(誘発あるいは増強)されるため,これにより神経根の障害を確認します。
この点,頭部を後屈させて行うのがジャクソンテスト(屈曲),痛みのある側に側屈させて行うのがスパーリングテスト(回旋)です。
もっとも,これらの検査は,患者の随意性(申告)に基づくものであり,診断精度はあまり高くないといわれているため,あえて実施しない医師も多い。
(2)四肢の検査(神経根症状の高位診断【四肢検査による場所の特定】)
四肢の神経学的検査を行うことにより,傷害された神経根や脊髄のレベルを見極めることを高位診断といいます。
左右の頚椎神経根はそれぞれ上肢の支配領域を有し,頚部痛,頚部運動制限に加え,左右いずれかの肩から手指にかけて重さ感,だるさ感,痛み,しびれなどの症状が発生することとなるため,患者の愁訴に対応する箇所の神経根損傷があるか否かについて,①腱反射検査,②知覚検査,③徒手筋力検査(MMT),④病的反射検査,⑤歩行検査などによって,これを特定することができます【通常むち打ち損傷の場合,C5~T1の領域にて損害が生じます。】。
この点,反射機能については,患者の主観的意図が入りにくいため,客観的な評価・認識が可能であると考えられています。
他方,筋力テスト(MMTや握力),知覚障害の検査,可動域検査なども,患者の随意性に依拠する検査であるため,客観性は高くないとも考えられています(特に,徒手筋力検査については,患者と医師の力比べとなるため,患者の主観が入り得る上,筋力低下の原因は,運動神経麻痺だけではなく,筋肉の障害,疼痛脱力感,心因反応等が加わり得るものです。)。
①腱反射検査・②知覚検査・③徒手筋力検査(MMT)
④病的反射検査
⑤歩行検査
画像検査
近年の画像所見は,科学技術の進歩により良好な画質により記録されるため批判なしにその記録が真実と判断しがちであるが,画像所見とは単なる「影」の記録にすぎず,病理・内視鏡・手術とはことなって虚構の可能性がある可能性を念頭におく必要があるものである(異常所見があってもそれが病的意義を持つとは限らないし,そもそも外傷性所見とも限らない。)。
そのため,画像所見は,診断の1材料に過ぎず,その他受傷起点・初診時の自覚症状・診察所見・各種検査結果等とあわせて総合的に勘案して最終臨床確定診断に至るものである。
(1)XP(レントゲン)
ア 総論
安価かつ最も基本的な画像検査であることから,基本的には,むち打ちを訴える通常全ての患者に対して最初に行われます(正面像,側面像・中間位の2方向は必ず行われます。)。
これにより得られる情報は,頚椎の骨折・脱臼の有無,頚椎弯曲,加齢性変性の有無,脊椎管前後径(脊椎管狭窄の有無),側面前後屈像による椎間不安定性の評価,頚椎可動域,側面像における後咽頭腔腫脹像の有無(外傷・炎症の存在の示唆)です。
もっとも,レントゲンにおいては,骨折の見逃し率が15~30%存在するといわれています。
イ XP撮影方向
(2)CT
(3)MRI
MRI検査については,鋭敏なるがゆえの過剰診断を導く可能性があるため,注意が必要となります。
生理機能検査
付される傷病名
①頚部に脱臼・骨折を伴う場合
症状に応じた傷病名が付されます。
②頚部に明らかな脱臼・骨折を伴わない場合
主に頚部のみの症状の場合は頚椎捻挫,頭痛・痺れ等を伴う場合は外傷性頚部症候群の傷病名が付されることが多くなります。
頚部損傷の修復までのメカニズム
急性期初期(~2週間)
外力によって軟部組織に外力が加えられた場合,当該が威力による直接の損傷と,その後48時間以内に炎症反応が生じますので,通常は事故後48時間以内に最大の症状が発生します。
急性期初期の症状の特徴としては,頚部の痛み,腫れぼったさ,熱っぽい感じ,運動痛,運動制限,頭痛と主に後頭部の頭重感,めまい・目のかすみ・耳鳴りなどの自律神経症状,腕の痺れ等があります。
急性期後期(~4週間)
事故後1週間程度で肉芽形成し,3週間程度で瘢痕治癒します。
急性期後期の症状の特徴としては,痛みの部位の限局化,痛みの運動方向の限局化,自律神経症状の明確化,神経根症状の明確化等があります。
亜急性期(~3カ月)
瘢痕治癒した組織が,約2カ月で柔軟性を取り戻して正常化し(医学的事実),その後の機能回復期間として1カ月を考慮するため,修復に要する期間は3カ月とされているため,この期間を亜急性期と呼んでいる。
亜急性期には,頚部の運動性の回復,運動痛の軽減,自律神経・神経根症状の軽減が認められるのが通常です。
慢性期(4カ月~)
慢性期に入ると,医学的に見ると損傷した軟部組織自体の修復は完了しているはずなのですが,自覚症状が残ることがあり,慢性化することがあります。
この他覚所見のない頚椎症状が慢性化要因としては,人的素因(私病・老化現象・心因反応・モラルリスク),別要因などが考えられます。