交通事故被害に遭った場合,鼻の欠損傷害がなかったとしても,その機能に障害を負うことがあります。
具体的には,嗅覚脱失,嗅覚減退,鼻呼吸困難等が考えられます。
もっとも,鼻の欠損を伴わない機能障害については,自賠責保険の早見表に後遺障害等級の規定がありません
そこで,鼻の欠損を伴わない機能障害の場合には,政令別表第二備考6を適用して判断するとされています。
以下,順にみていきましょう。
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嗅覚障害について
外傷性嗅覚障害の発生機序は,次の3つと説明され,その程度により嗅覚脱失,嗅覚減退に分けられ,後遺障害等級がなされます。
①鼻骨あるいは鼻中隔骨折による嗅裂部の閉鎖(呼吸性嗅覚障害)
②嗅球と篩板との間での嗅糸あるいは血腫(末梢神経性嗅覚障害)
③前頭葉あるいは側頭葉の挫傷あるいは血腫(中枢性嗅覚障害)
嗅覚脱失について
(1)後遺障害等級
完全な嗅覚脱失の場合(なお,方鼻のみの嗅覚脱失の場合には,後遺障害とは評価されません。)には,政令別表第二備考6を適用し,別表第二12級相当として扱われます。
(2)検査方法
①基本的には,T&Tオルファクトメーターによる基準嗅力検査の認定域値にて判断します。
T&Tオルファクトメーターによる基準嗅力検査とは,基準となる5臭につき,8段階に希釈して(-2~5:0が嗅覚正常者にて判断できる臭素濃度),濃度の薄いものから順に,被験者が嗅ぎ,検知域地(何かわからないがかすかに臭いを感じる域値)及び認定域値(何の臭いか判定できるときの域値)を測定する検査方法です。
同検査による測定結果につき,オルファトグラムに検知域値を○で,認定域値を×で記載していきます。
そして,T&Tオルファクトメーターによる基準嗅力検査の認定域値の平均嗅力損失値により,以下のとおり区分します。
【認定域値の平均嗅力喪失値5.6以上:嗅覚の脱失 → 12級相当】
【認定域値の平均嗅力喪失値2.6~5.6:嗅覚の減退 → 14級相当】
②また,嗅覚脱失については,アリナミンP静脈注射(アリナミンFは×)による静脈性嗅覚検査による検査所見でも差し支えないとされています。
アリナミンP静脈注射(アリナミンFは×)による静脈性嗅覚検査とは,臭素の静脈注射→静脈血とともに肺でガス交換の際に臭素が呼吸に排出される→臭素を含んだ呼吸(ニンニク臭)が後鼻孔から嗅裂部に達して嗅神経で臭いを感じるというメカニズムを利用した検査方法です。
以上の検査を基に,アリナミン特有のにおいが感じられたら合図をしてもらい,静脈注射開始からアリナミン特有の臭いの発現までの時間を潜伏時間(潜伏時間は嗅覚の閾値をあらわし,潜伏時間が長いほど障害が重い。),臭いの発現から消失までを持続時間(持続時間が短いほど障害が重い。)として測定します。
なお,正常範囲は,潜伏時間:数秒~10秒前後,持続時間:45秒~1分30秒前後であるとされ,無反応のみが有用な所見(嗅覚脱失判断)とされます。
嗅覚減退について
(1)後遺障害等級
嗅覚の減退の場合には,政令別表第二備考6を適用し,別表第二14級相当として扱われます。
(2)検査方法
前記T&Tオルファクトメーターによる基準嗅力検査の認定域値にて判断します(なお,嗅覚減退については,アリナミンP静脈注射(アリナミンFは×)による静脈性嗅覚検査では判断できません。)。
嗅覚障害による後遺障害等級まとめ
12級相当 | 完全な嗅覚脱失 |
14級相当 | 嗅覚の減退 |
4 補足
嗅覚障害は,それ自体によっては労働能力の低下をもたらしにくい障害であるとして,等級そのものではなく,労働能力の喪失を伴わないことを理由として後遺症逸失利益率が争われることが多い障害類型といえます。
裁判例の傾向としては,逸失利益を基準のまま認定する裁判例,基準額より減額する裁判例,逸失利益を否定して慰謝料斟酌する裁判例,逸失利益を否定し慰謝料斟酌も否定する裁判例があります。
(1)嗅覚障害の逸失利益を基準額より減額して認定した裁判例
①横浜地判平成29年5月18日・自保ジャーナル2004号34頁
鼻呼吸困難による後遺障害等級
鼻呼吸困難の場合には,政令別表第二備考6を適用し,別表第二12級相当として扱われます。
鼻呼吸困難は,鼻の穴を左右に隔てている壁を鼻中隔(びちゅうかく)が,交通事故による衝撃によって強く曲がって(湾曲して)しまうこと等により生じます。
鼻呼吸が困難となった場合,鼻ではなく口で呼吸をするようになる,いびきをかくようになったりしっかりと眠れず睡眠不足になる,頻繁に頭痛を覚える,においを正常に感じ取れなくなる(嗅覚障害),狭まった鼻腔内の粘膜が過敏になって、鼻血が出やすくなる等の症状が出ることがあります。
12級相当 | 鼻呼吸困難 |