かつて別稿にて交通事故被害者が受領した損害賠償金・保険金が原則非課税となる理由について説明をしましたが,本稿では,これを一歩進め,交通事故により死亡した被害者たる被相続人の遺族が,加害者から損害賠償金を受け取った場合,この受領金額が課税対象となるかについて検討したいと思います。
なお,交通事故により被害者たる被相続人が死亡して遺族が損害賠償金を受領する場合としては,①賠償金の支払いを受けてから被相続人が死亡した場合,②支払いを受ける賠償金額が確定したが支払いを受ける前に被相続人が死亡した場合,③支払いや賠償金額が確定する前に被相続人が死亡した場合,の3パターンが考えられますので,それぞれの場合に場合分けして考えていきます。
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賠償金の支払いを受けてから被相続人が死亡した場合
結論:課税対象
損害賠償金の支払いを受けてから被相続人が死亡した場合には,受領した(相続した)損害賠償金のうち被害者本人の財産的損害(①)・精神的損害(②)は相続税の課税対象となります。
理由
交通事故により被害者が生命を侵害されたことにより被った損害に対する賠償は,①被害者本人の財産的損害,②被害者本人の精神的損害,③遺族の財産的損害,④遺族の精神的損害の複合的損害について行われます。
この点,判例は,被害者本人の財産的損害(①)・精神的損害(②)については,相続財産であるとしています(即死であったとしても,傷害と死亡との間に現実的もしくは観念的な時間間隔が存在するため同様に解する,大審院大15.2.16)。
そのため,(示談等を経て)賠償金の支払いを受けたということは,被害者本人の財産的損害(①)及び被害者本人の精神的損害(②)については被害者本人が,遺族の財産的損害(③)及び遺族の精神的損害(④)については遺族が取得していることが確定しているため,後に被害者本人が死亡した場合,被害者本人の財産的損害(①)・精神的損害(②)は相続財産を構成することとなるため,これについて相続税が課税されることとなるのです。
賠償金額が確定したが受領前に被相続人が死亡した場合
結論:課税対象
支払いを受ける賠償金額が確定したが支払いを受ける前に被相続人が死亡し,その後に損害賠償金を受領した場合には,受領した(相続した)損害賠償金のうち被害者本人の財産的損害(①)・精神的損害(②)は相続税の課税対象となります。
理由
支払いを受ける賠償金額が確定したが支払いを受ける前に被相続人が死亡した場合は,示談や判決などにより支払いを受ける賠償金額及びその内訳が決定しており,単に支払いが未了であるにすぎません。
そのため,結論的には,支払いを受ける賠償金額が確定したが支払いを受ける前に被相続人が死亡した場合は,賠償金の支払いを受けてから被相続人が死亡した場合と同じ法的結論となります。
支払い及び賠償金額が確定する前に被相続人が死亡した場合
結論:非課税
支払い及び賠償金額が確定する前に被相続人が死亡し後に損害賠償金額を決定して当該損害賠償金を受領した場合,受領した損害賠償金の全額が相続税の課税対象とならず非課税となります。
理由
前記のとおり,交通事故により被害者が生命を侵害されたことにより被った損害に対する賠償には,①被害者本人の財産的損害,②被害者本人の精神的損害,③遺族の財産的損害,④遺族の精神的損害が含まれるのですが,示談や判決により特定するまではこれらの具体的な内訳金額を特定することができません。
すなわち,被害者本人が取得して相続対象となる被害者本人の財産的損害(①),被害者本人の精神的損害金額(②)がいくらであるのかわからないのです。
そのため,本来であれば示談や判決によりこれらの内訳を特定するまで待ってその金額を特定すべきなのですが,金額が多額に上るために訴訟等になることも多く,特定を待つと,相続税の申告期限・職権更正期限との関係上,適切な相続税課税が困難となってしまいます。
そこで,課税実務においては,人身傷害補償特約保険金にかかる相続税の取扱い(平成11年10月18日課審5-2個別通達),無保険車傷害保険契約にかかる保険金の取扱い(相基通3-11),水俣病被害者等が支給を受ける一時金等の課税関係(平成22年4月27日文書回答事例),集団予防接種等のB型肝炎訴訟の和解対象者が受ける和解金等の課税関係(平成23年7月5日文書回答事例)などに倣って,支払い及び賠償金額が確定する前に被相続人が死亡した場合には,被害者本人の財産的損害(①),被害者本人の精神的損害金額(②)についても相続税の課税対象外としているのです【相続税法上は支払い及び賠償金額が確定する前に被相続人が死亡した場合にはその全てが遺族に発生すると考えている。】。
参考にしてください。