弁護士に最も必要とされる能力は事件のスジ(勝ち筋か負け筋か)の判断力である

弁護士の最も重要な能力は何だと思いますか。

法律知識でしょうか,書類作成能力でしょうか,尋問能力でしょうか。

いずれも弁護士に要求される重要な能力ではありますが,最も重要な能力という意味では違います。

弁護士に最も重要な能力は事件を見立て,勝ち筋か負け筋かを判断する力です。

一般の方にはわかりにくいかと思いますので,以下具体的に説明します。

弁護士の思考とトライアンドエラーの重要性

弁護士の思考過程

弁護士の業務は,事実を法律に適用して事案を解決することです。

法律相談を受けたり,示談交渉をしたり,訴訟行為をしたりと紛争解決の手段は色々ありますが,どの行為をするときも,考えていることは同じです。

それは,依頼者・相談者が希望する結果(法律効果)を導くために,それを導くことができる法律要件を組み立て,法律要件を基礎付ける証拠を見つけ出すということです。

このときの弁護士の思考過程を図示すると,概ね上記図のツリーのとおりです。

【補足:用語説明】

主要事実を直接基礎付ける事実を直接事実と言い,それを基礎づける証拠を直接証拠と言います。
これがあるとその信用性で勝負が決まります。売掛金請求事件であれば,売買契約書が直接証拠です。

また,主要事実を間接的に基礎付ける事実を間接事実と言い,それを基礎づける証拠を間接証拠と言います。売掛金請求であれば,直前のやり取りや,その準備等様々な事象をいいます。

さらに,直接証拠と間接証拠の真実性を基礎づける補助事実・補助証拠もあります。

弁護士の思考過程は前記のとおりですので,弁護士は,常に依頼者・相談者の話を聞き取り,前記過程に当てはめて,法律効果発生の可否を考えています。

依頼者が主要事実を証明できる直接証拠を持っているのか,推認できる間接証拠は積みあがっているのか,それぞれの証拠の証明力はどのようなものかを判断していくのが仕事です。

弁護士のトライアンドエラー

弁護士の思考過程は上記のとおりであり,前記ツリーの構造についてはほとんどの弁護士が理解をしています。

もっとも,このツリーへの事実の当てはめ(証明力・ツリーにおける矢印部分)については,能力に大きな違いがでます。経験値も大きな影響を与えます。

どういう間接事実や証拠で証明力ありとされたかについては,実務経験がないとわかりません(また,法律実務のみならず,社会経験・生活上の行状等も重要です。)。

具体的には,個別事件においてどのような主張がなされその立証にどのような証拠が使われ,その結果,判決にどのように反映されたのかについては,自分で経験しないと十分な理解が得られないからです。

そして,得られた判決を検証し,以降の弁護士実務において,判決に反映させるために,準備書面に何を書くか,尋問で何に書くか,もっと言えばどういう証拠を作るのかが段々わかってくるのです。

すなわち,弁護士もトライアンドエラーの繰り返しにより,そのスキルが上昇します。弁護士はいわば職人なのです。

トライアンドエラーの結果として

トライアンドエラーによって様々な経験を経てくると,弁護士は,目の前にいる相談者の主張内容や持っている証拠によって,裁判になる前から,その事件を裁判で争ったらどういう判決が出るのかがわかってきます。

なぜなら,多くの弁護士は,なぜ勝ったのか,なぜ負けたのかを正確に分析するからです。
負けるには,負ける理由があり,「負けに不思議な負けはなし。」(野村監督談)だからです。

青春バスケマンガの金字塔であるスラムダンクでも同じような表現があります。

選りすぐりの選手を揃えた絶対王者である山王工業が,徹底的な相手のチームの分析まで行って挑んだにもかかわらず,ぽっと出のチームに接戦の末敗れるという番狂わせが起きた試合後に,山王工業の監督がスター選手達に語った言葉が深い意味を持っています。

負けたことがあるということがいつか大きな財産になる」というセリフです。

徹底した研鑽・分析を経て挑んだにもかかわらず結果が出なかった,そしてその結果を経てさらに研鑽・分析を行い,これを繰り返す。

それが成長ということを語っているのです(余談ですが,私は,スラムダンク連載中,バスケ部に所属していましたので,スラムダンクを読むと,いまだに心が震えて泣けてきます。老若男女を問わず,多くの人に読んでいただきたい漫画の1つと思っています。)。

素晴らしい結果とは,単なる才能や偶然ではなく,気の遠くなるような努力の賜物です。

このことは,スポーツの分野だけでなく,弁護士業務においても同様です。

結果として,能力のある弁護士は,依頼者の話を聞くと,戦う前から大体の勝ち負けがわかります。

弁護士業界では,この大体の勝ち負けの見込みを「筋(スジ)」と言っています。勝ち筋・負け筋なんて言い方をします。

 

弁護士として最も大事な能力

事件の筋を見極める

では,以上を前提として,弁護士にとって最も大切な能力は何かを考えると,依頼者・相談者に対して,事件の見立てを見極め,かつそれをきちんと伝えることです。

その上で,勝てない戦は仕掛けないということです。勝てないのであれば,示談交渉等で寝技に持ち込むのです。

負けが濃厚であれば,少しでも相手方から譲歩を引き出す方策に出なければなりません。

勝つべき戦(勝ち筋の事件)では強気に,負けるべき戦(負け筋の事件)ではいいところで引き上げる,この見極めがつくかどうか弁護士が優秀かどうかが決まります

弁護士の能力不足は,依頼者・相談者に対するマイナスです。勝てない戦に金と労力をかけさせる害悪でしかありません。

「事件の筋を読み,これを正確に依頼者に伝える。」,これが弁護士に最も求められる能力です。

事件の筋を見落とす弁護士も

ところが,若手弁護士や,事件が少なく金銭的に困窮している弁護士は,これができないのです。

若手弁護士は経験不足のため,金銭的に困窮している弁護士は事件として受任しないとお金にならないため,負けるであろう事案まで事件化し,大きな紛争としてしまいがちです。

この場合には,筋を見極めない弁護士は,依頼者の費用と労力をもって事件処理をはじめます。

これによって,勝ち目のない戦いに高額な費用と多大な労力を費やさなければならない依頼者がでてきますが,依頼者にとってはたまったものではありません。

依頼者によっては,どれほど筋が悪く,どれほど金がかかってもいいから最高裁まで争ってくれと言う人もいます。
このような場合には,事件の見極めに加え,依頼者のガス抜きもしなければなりませんので,弁護士にとっても負担は大きいものがあります。

弁護士は,中立的な立場にはなく,あくまで依頼者の立場に立って行動しますので,依頼者の経済的利益のためではなく,依頼者の納得のためという側面も否定できません。

最後に(弁護士の自戒を込めて)

弁護士の事件の筋の見誤りは,依頼者に不利益をもたらします。

しかも,そればかりか,弁護士にとっても大きなマイナスをもたらします。

弁護士が筋の見極めを誤った場合,依頼者は,当然に,二度とその弁護士に依頼をしないでしょうし,また知人にその弁護士を紹介することもないでしょう。

また,裁判所の専門部などでは,ダメ弁護士の風評もたちます。

さらには,最近ではインターネット上に弁護士の悪評がさらされたりする可能性もあります。

事件の筋の見立ては,弁護士の経済性にも直結するのです。

新規開拓ができない・仕事がないと悩んでいる弁護士も多いのですが,ほとんどの弁護士は,その理由を理解していません。

事件依頼が増やすために新規の依頼者をどうやって探したらいいのかと悩んでいる弁護士の方は,一度,事件処理方針を見直して見るべきだと思います。

関連論点:弁護士の顧客・仕事獲得方法

偉そうな記事を書いてしまいましたが,自分に対する戒めの意味もあります。

気を悪くされたらすみません。

“弁護士に最も必要とされる能力は事件のスジ(勝ち筋か負け筋か)の判断力である” への5件の返信

  1. 凄くためになりました!
    私は、今、事件の見立てを誤った弁護士から事件を引き継いで処理しているのですが、負け筋の事件を遂行するほど気が重いことはありません。
    反対に勝ち筋の事件は、遂行するのが楽しいです。
    これからも事件の見立てを立てることに全力を尽くす弁護士でありたいです。

    1. kazuki 様

      コメントありがとうございます。
      引継ぎ事件では,引き際も難しいですよね。
      前の弁護士が変な処理をしていればなおさらです。
      いずれにしても,依頼者の利益第一ですので,お互い,研鑽を重ねて最大利益をもたらす弁護士になるよう,頑張りましょう。

  2. ある裁判の証人になったものです。労働裁判で、被告の勝利でした。裁判上の和解ですが、原告の主張は全く認められませんでした。相手の弁護士は2名で、本当に勝てると思って受任したのか疑問でした。
    この記事を読んで、事件の筋を読めないということは、原告にとって不幸でしかなかったと思います。金儲けならそれも仕方ありませんが、原告にとって、1年6か月は長い時間だったと思います。
    誰に頼むかはとても大切ですが、一般の人にはわからないと思います。

    1. コメントありがとうございます。

      確かに一般の方からすると,弁護士の能力まではわかりませんので,事件を依頼しようとする際の悩ましい話です。
      弁護士委任も,かつては紹介が一般的だったのですが,現在は広告やインターネット検索を基にしている方が多いことも不明確さを助長しています。

      難しい問題ですね。

  3. 「依頼者によっては,どれほど筋が悪く,どれほど金がかかってもいいから最高裁まで争ってくれと言う人もいます。
    このような場合には,事件の見極めに加え,依頼者のガス抜きもしなければなりませんので,弁護士にとっても負担は大きいものがあります。

    弁護士は,中立的な立場にはなく,あくまで依頼者の立場に立って行動しますので,依頼者の経済的利益のためではなく,依頼者の納得のためという側面も否定できません。」
    これについてなんですが、a町議会議員に身体の一部を欠損した議員は一人しかいない状況で発行物で「a町民よ」と呼びかけ、「町議立候補当時の公約を無視し関係当局に町警廃止の資料の提出を求めながら、僅か二三日後に存置派に急変したヌエ的町議があるが、この無節操振りは片手落の町議のみのなし得るところで、肉体的の片手落は精神的の片手落に通ずる」等と記載したにも関わらず、控訴趣意書及び上告趣意書に「告訴人の氏名を記載していないからそもそも刑法230条第1項の構成要件を満たさない」と記載し、また、前期の如く凡そ公務と無関係な身体障碍を揶揄する表現であるにも関わらず、「被害者の公人としての政治的無節操
    振りを片手落と云う言葉を用いて諧謔的に取扱つたもので真実であることが証明されているから刑法第二百三十条の二第三項の適用上犯罪が成立しない」等と記載した事例( 昭和27年5月17日  大阪高等裁判所  第二刑事部)( 昭和28年12月15日 最高裁判所第三小法廷 刑集 第7巻12号2436頁)のように、通るはずのない主張が法廷でされることがありますが、これも依頼人の納得のためのガス抜きでしょうか。
    こういう、明らかに通りそうにない主張をするように言われた際、断ることはできないものなのでしょうか。

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