死亡交通事故被害者の死亡逸失利益の計算方法及び計算上の諸論点


交通事故によって被害者が死亡した場合,当該被害者が今後生存していれば得られたであろう収入を,その相続人等が,加害者に請求することができます。

これを,死亡逸失利益といいます。
死亡逸失利益の算定方法は,以下のとおりです。

基礎収入額×(1-生活費控除率)×就労可能年数対応ライプ係数

以下,死亡逸失利益を計算する際に問題となる各項目の諸論点について見ていきましょう。

基礎収入額

原則


事故前の現実収入です。なお,収入には以下のものも含まれます。

①普通恩給

公務員であったものが支給を受ける普通恩給は,当該恩給権者に対して損失補償ないし生活保障を与えることを目的とするものであるとともに,その物の収入に生計を依存している家族に対する関係においても同一の機能を主な無ものと認められるから(最判昭和41年4月7日・民集20巻4号499頁),他人の不法行為により死亡した者の得べかりし普通恩給は,その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得する(最判昭和59年10月9日,裁判集民事143巻49頁)。

②国民年金(老齢年金)

目的・趣旨は普通恩給と同様で,他人の不法行為により死亡した者の得べかりし国民年金(老齢年金)は,その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得する(最判平成5年9月21日・判時1476号120頁,判タ832号70頁)。

③退職共済年金(遺族年金)

退職共済年金(遺族年金)の逸失利益性は認められる(最判平成5年3月24日・民集47巻4号3039頁,判タ853号63頁,交通事故百選「第四版」154頁)。ただし,現実填補分については,損益相殺を行うとされています(同判例)。

例外


現実収入額以上の収入を将来得られると認められればその金額を算定基礎とする(将来の昇給を斟酌できるとした事例:最判昭和43年8月27日・民集22巻8号1704頁,判時533巻37ページ)。

また,家事従事者・学生等で,現実収入がないものの場合は賃金センサスの返金賃金額を算定基礎とします。なお,賃金センサスを用いる場合には,死亡年度の統計を使用するとされています。

生活費控除率

具体的な生活費控除率について

交通事故被害者が死亡した場合,以降得られるはずの収入が得られなくなりますが,他方で,生存していれば当然必要となる生活費もまた不必要となります。

この点,生活費は,働いて収入を得るための経費(労働再生産のための必要費用)に類似するものであり,逸失利益の算定については,当然に収入の中からこれを控除しなければなりません。

この生活費の控除については,これを一義的に算定することは不可能ですので,実務上は,収入の一定割合とするのが通常であり,被害者の家庭において占めている立場に応じて収入の30%~50%の範囲で裁量されます。

具体的には,以下のとおりです。

(1)一家の支柱である男性(又は女性):30~40%

被害者が,一家の支柱(被害者の世帯が主としてその被害者の収入によって生計を維持している場合)である場合,遺族の生活維持への配慮が必要となるため,遺族の下に渡る死亡逸失利益額を多くする必要があるため,一家の支柱でない場合と比べて被害者の生活費控除率を下げられています。

(2)一家の支柱でない男性:50%

(3)一家の支柱でない女性:30~40%

女性の場合,一般的に(特に,平均賃金を基準とした場合は明らか。)基礎収入額が男性と比して低くなるため,生活費控除率を下げることにより,死亡逸失率額が男性と比して不当に低額にならないようにして,男女間の公平を保つ扱いがとられています。

そのため,女性被害者が同年代の男性と比較して同程度の収入がある場合には,男性と同程度の高い生活費控除率を認めるべきであるとされています。

(4)基礎収入額に全労働者平賃を採用した年少女子:45%程度

基礎収入額が女性平賃ではないことを考慮し,生活費控除率で金額の調整を図ることが多いとされています。

生活費控除率についての補足論点

(1)税金について

一般に,個人が,何からの所得を得た場合には,所得税その他の税金が課せられることになりますが,損害賠償金には所得税が課せられません(所得税法9条1項6号)。

そのため,交通事故被害者が,今後稼働して得られる収入には所得税等が課税されるはずであったにもかかわらず,事故により稼働できずに加害者から損害賠償金を受領した場合には所得税等が課税されないこととなると,被害者に前記税額分の利得が生じるため,不平等ではないかとの問題が生じます。

この点については,事故により得た利得であるため,損益相殺の法理に従い,その額を控除すべきであるとする説があるものの(東京高判昭和51年3月31日・判時823号54頁),今日の裁判例では,前記税金分について控除しないものがほとんどです。

(2)遷延性意識障害患者の場合について

遷延性意識障害患者は,常時寝たきりであり,衣服は寝間着があればよく,その他労働再生産のための費用の必要がないことから,生活費の控除をせざるを得ないとの主張が多くなされていましたが,生活費控除を行った裁判例は見当たりません。

その理由として,遷延性意識障害患者であっても,視覚・聴覚・触角を刺激するための様々な物品,エアコン・テレビ等の電気代やできる限りの外出・娯楽が必要であることが挙げられます。

就労可能年数

原則として67歳までとし,主婦を含む高齢者については67歳までの年数と各年の簡易生命表の平均余命年数の2分の1のいずれか長期の方を使用することとしています。

なお,従前は,一般の平均余命より短い生存可能年数を認定する裁判例も散見されましたが(①最判昭和63年6月17日・自保ジャーナル762号,②最判平成6年11月24日・自保ジャーナル1096号),認定した生存可能年齢以上に生存した場合に,その負担を被害者に負わせるのは,被害者保護の要請に著しく反すること,一般の平均余命より短い生存可能年数を認定することに対する裁判官の心理的抵抗が強いこと等から,近年では,生存可能年数を認定した裁判例はほとんど見当たりません。

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