交通事故被害に遭って怪我をした場合,加害者から人身事故にしないで欲しいとお願いされることがよくあります。
このお願いには,どういう意味があるのでしょうか。
以下,人身事故・物損事故の定義,人身事故と物損事故の違いが民事責任・刑事責任・行政責任にどのように影響をするのか見ていきたいと思います。
【目次(タップ可)】
人身事故・物損事故(物件事故)とは
定義
人身事故とは,一般に,交通事故に遭われた一方(必ずしも被害者側であるとは限りません。)が,死亡するか又は警察に交通事故被害に遭って傷害を負ったことを証する医師作成の警察提出用診断書とともに人身届を提出し,警察によって人的傷害が発生した事故として処理をされることとなった交通事故をいいます。
そのため,人的損害が発生した交通事故が必ず人身事故になるわけではありません。
他方,物損事故(証明書上は,「物件事故」と書かれます。)とは,一般に,交通事故被害に遭われた双方が,死亡せず,また人身届を出さなかったため,警察によって人身傷害が発生しなかった事故として処理されることとなった交通事故をいいます。
そのため,物損事故の場合に,必ず人的損害が発生していないとは限りません。
人身事故・物損事故の違いのイメージ 物損事故→→(警察へ診断書提出)→→人身事故
交通事故加害者の3つの責任と人身事故と物損事故の違い
交通事故を起こした加害者は,被害者に対して,①民事上の交通事故損害賠償責任(被害者に対して金銭賠償をする責任),②刑事責任や③行政責任の3つの責任を負う場合があります。
では,人身事故と物損事故の違いは,この3つの責任にどのような影響を与えるのでしょうか。以下順に見ていきます。
関連論点→交通事故加害者が負う3つの責任!!刑事責任・行政責任・民事責任
人身事故と物損事故の違いが民事責任に与える影響
民事責任とは,交通事故を起こした加害者が,被害者に対して,被害者が被った人的・物的損害について,金銭をもって賠償する責任です。
この点については,結論から言うと,物損事故であろうが,人身事故であろうが,加害者の被害者に対する賠償責任(民事責任)は,何も変わりはありません。
被害者が,加害者に対して,被った人的・物的損害賠償請求をするためには,人損事故であろうが物損事故であろうが,そんなことはどうでもいいのです。
加害者は,人身事故の場合であっても,被害者に対して,被害者が被った人的損害はもちろん,物的損害についてもその賠償義務を負います。
また,加害者は,物損事故の場合であっても,被害者が被った物的損害はもちろん,被害者がケガをしている場合にはその人的損害についての賠償義務を負います。
被害者の物的損害・人的損害の程度は,交通事故当事者が,警察署に人身届を出したからと言って変わるはずがないので,当然の帰結です。
もっとも,人身事故と物損事故との違いが全く民事責任に影響を与えないというのは言い過ぎで,あえて言えば,被害者が交通事故によってケガをしているにも関わらず,診断書を警察に提出せずに物損事故にとどめた場合には,2つの「手続的デメリット」を被ります。
1つは,被害者が,加害者側車両の自賠責保険に被害者請求手続きをする場合に,人身事故証明書提出不能理由書という書面を1枚追加する必要があることです。
もう1つは,物損事故の場合には,警察において実況見分調書の作成がなされませんので,正確な事故状況の再現が難しいということです。
人身事故と物損事故の違いが刑事責任に与える影響
日本において,国が,誰かに刑事責任を課すためには,その人物の行為が,刑罰法規に抵触することが必要です。法律の規定なしに刑事処分を科されることはありません。
この点,日本では,物的損害である器物損壊罪は故意犯のみ規定されており(刑法261条),建造物損壊を除いては過失の器物損壊罪を処罰する刑罰法規がありませんので,物損事故の場合には,加害者が刑事責任を問われることはありません。
他方,人的損害については,過失運転致死傷罪(自動車運転処罰法5条),危険運転致死傷罪(自動車運転処罰法2条以下),業務上過失致死傷罪等(刑法211条)等の刑罰法規が存在していますので,人身事故の場合には,加害者が刑事責任を問われる可能性があります。
すなわち,刑事責任を問われるか否かの点では,人身事故・物損事故の違いは,大きな意味を持ってきます。
なお,民事損害賠償を有利に進めるための交渉テクニックとして,人身届の取下げをちらつかせて,賠償額の増額を求めるという方法がとられることがありますが,人身届の取り下げは,前記交通事故に起因して刑事化した事件が警察において捜査が進められている段階に限定され,事件が検察に送られた後は,人身届の取下げは認められませんので注意が必要です。
人身事故と物損事故の違いが行政責任に与える影響
行政責任は,行政機関が,交通事故を起こした加害者が,今後も自動車を運転することを許してもいいかの観点から,同人の免許保有の可否の判断をすることに起因する責任です。
交通事故加害者の免許保有が適切ではないと判断すれば免許取り消し,一定の反省等が必要と判断すれば免許停止,減点,反則金を科すなど,その交通法規違反の程度から,加害者の運転免許資格保持の可否を判断してなされます。
通常,物損事故の場合には行政処分が科されず,他方人身事故の場合には多くが行政処分が科されます。
この点については,特に,個人タクシーやトラック運転手等の職業ドライバーであれば,わずかな減点だけでその職を失いますので,行政処分の有無は,とても大きな問題なのです。
すなわち,行政責任を問われるか否かの点では,人身事故・物損事故の違いは,大きな意味を持ってきます。
交通事故加害者が人身事故となるのを避けたい理由の結論
以上のとおり,人身事故・物損事故の違いは,刑事責任と行政責任において大きな意味を持ってきますので,このことを理解している加害者は,被害者に対して,人身事故にしないで欲しいとお願いをしてくるのです(特に生活に直結する職業ドライバーがこれを言ってきます。)。
なお,損害賠償金を安くするためとか,保険会社が支払いを少なくするためにこのお願いをしてくるなどと説明している人がいますが,その説明は間違っていますので,勘違いされないよう注意してください。
この手の検索を繰り返すと気づくのですが‥。どう見ても弁護士が間に入ってお仕事にしたいという魂胆が見え見えの何が何でも被害者は損するから人身事故扱いにしなさいばかりでうんざりしておりました。今は死亡事故でない限り基本的には物損事故扱いになるのです。だからといってケガを負われた方が不利益を講じるとは言えないです。この解答を拝見して理路整然簡潔明瞭で拍手しました。読み応えがありました。ありがとうございました。
ハナミタカヒロ 様
コメントありがとうございます。
弁護士業界も競争が激しくなった上に,その質もピンキリのため,弁護士によっては営業色の強いアドバイスをされる方もいるかもしれません。
弁護士業務は,依頼者のためにを忘れてはならないですね。