交通事故に遭ってケガをした場合,警察に診断書を提出するのが一般的です。
そのため,交通事故被害者は,事故に遭ったかなり初期の段階で医師から診断書を受け取ります。大体の書式は上の写真のとおりであり超シンプルです(便宜上,本稿ではこの初期の診断書を警察提出用診断書といいます。)。
では,この警察提出用診断書は,後に民事事件として治療経過等が争われた際の立証資料として使えるのでしょうか。
以下,警察提出用診断書の特殊性からその証明力について説明します。
【目次(タップ可)】
人身事故・物損事故の別について
まず,警察提出用診断書が何のために作成されるかを説明します。
交通事故に遭った場合,人身事故なのか,物損事故なのかがまず問題となります。
物損事故であれば,刑事手続きが問題とならないからであり(日本には,過失器物損壊罪が存在しないためです。),人身事故であれば,刑事手続きを検討しないといけなくなるからです。
なお,ここでいう人身事故とは,一般に,交通事故に遭われた一方(必ずしも被害者側であるとは限りません。)が,死亡するか又は警察に交通事故被害に遭って傷害を負ったことを証する医師作成の警察提出用診断書とともに人身届を提出し,警察によって人的傷害が発生した事故として処理をされることとなった交通事故をいいます。
そのため,人的損害が発生した交通事故が必ず人身事故になるわけではありません。
他方,物損事故(証明書上は,「物件事故」と書かれます。)とは,一般に,交通事故被害に遭われた双方が,死亡せず,また人身届を出さなかったため,警察によって人身傷害が発生しなかった事故として処理されることとなった交通事故をいいます。
そのため,物損事故の場合に,必ず人的損害が発生していないとは限りません。
人身事故・物損事故の違いのイメージ 物損事故→→(警察へ診断書提出)→→人身事故
警察提出用診断書の証明力
では,警察に提出するために医師から受け取った警察提出用診断書は,後の民事事件(示談又は訴訟)で使えるのでしょうか。
警察提出用診断書の作成目的
前記のとおり,警察提出用診断書の作成目的は,交通事故で傷害を負った者の傷病名等を明らかにするものではなく,当該交通事故を刑事事件化するため(業務上過失致傷事件等での捜査を開始するため),もっと言えば,捜査記録に綴るために作成されるのです。
このことは,警察のみならず,整形外科医にとっても顕著な事実です。
そのため,警察提出用診断書は,交通事故で傷害を負った者が病院に通院を開始したごく初期の段階で作成されます。刑事事件に使うためには早く必要となるからです。
警察提出用診断書作成時の医師の見たて
ところが,整形外科医であっても,通院初期段階では,整形外科医といえども,患者(交通事故被害者)の傷病名や治療見込みを判断することができません。
なぜならば,整形外科医の交通事故患者に対する治療というのは,高位病院に搬送された相当の重症患者でない限り,初診日に問診(場合によってはこれと併せてレントゲン撮影がなされる。)を行い,その後経過観察を経て,その間の症状経過を見て損傷個所を推定し,その特定のために検査(画像診断・神経学的検査)を行い,症状の特定をしていくからであり,通院初期の段階では患者の愁訴以外に判断手段がないからです。整形外科医が,初診時から,自身の勝手な判断で,詳細な検査をすることはあり得ません。
警察提出用診断書の記載内容
整形外科医は,患者(交通事故被害者)についての詳細な検査をしていない段階であるにもかかわらず,警察の捜査の必要性から通院初期段階で警察提出用診断書の作成を求めらます。
そのため,整形外科医は,患者の状態が明らかとなっていないごく初期の段階で作成する警察提出用診断書に当該患者の詳細な症状を記載できないため,当該患者の愁訴のみを基に,同医師の経験を基にした疫学的推定を基にした診断書を作成することとなるのです。
当然,そこに患者の個別具体的な検査に基づく所見は反映されていないのであるが,警察提出用診断書が刑事事件に使用されるという使用目的からこれが問題となることはないので,特に問題はありません。
警察提出用診断書の証明力
以上のとおり,警察提出用診断書は,個別具体的な患者の症状ではなく,疫学的な記載にとどまるものであるため,これに個別具体的な患者の症状についての強い証明力は存在していません(愁訴に基づいているため嘘であるとは言わないものの,正確性に劣るものです。)。
そのため,交通事故損害賠償実務においては,裁判所及び代理人弁護士はもちろん,保険会社担当者であっても,警察提出用診断書を基に交通事故により傷害を負った者の症状判断を行うことはなく,立証に使われることもありません(保険会社による一括打ち切りの判断にすら使われません。)。
交通事故損害賠償実務に関わる者とっては,警察提出用診断書に交通事故被害者の症状を証明するに足りる証明力がないことは周知の事実だからです。
当然に,警察提出用診断書が訴訟資料として使用されることもほとんどありません。
参考にしてください。