低速度衝突事故・軽微追突事故でもむち打ち(ムチ打ち)による頚椎捻挫症状が発症するかについての基本的考え方と裁判例の紹介

交通事故事件に携わっていると,低速度の軽微追突事故事案であるにもかかわらず,被害者の方から,長期間通院をしたとして,高額の治療費・慰謝料の請求がなされることが多くあります。

衝撃が大きい事故(高速度での追突事故)の場合に,むち打ちによる頚部損傷が発生しうることは,容易に想定ができますが,衝撃が小さい事故(低速度での追突事故)の場合にも,むち打ちによる頚部損傷が発生しうるか,発生しうるとしてその程度はどのようなものか問題となります。

以下,むち打ち損傷の受傷起点,低速度追突事故の場合にもむち打ちによる頚部損傷が発生するかについて,順にみていきたいと思います。

第1 むち打ち損傷の受傷機転について

むち打ち損傷は,追突等の衝撃によって,頭部に慣性が加えられることにより,それを支えている可逆性のある頚椎に介達力が働き,過屈曲・過伸展が生じることにより,生理的な正常可動範囲を超えた動きが生じて頚部組織が損傷するものです。

簡単にいうと,衝突による衝撃で重たい頭が前後に振られた結果,それを支えている首の部分が損傷するものです。

頭とそれを支えている首が鞭がしなるような動きをしますので,むち打ち損傷と言われます。

第2 低速度衝突の場合のむち打ち症発症の可能性

前記のとおり,むち打ちによる頚部損傷は,衝突の衝撃により発生します。

当然,その衝撃の大きさが大きいほど,頚部に加えられる衝撃も大きくなります。

そのため,衝撃が大きい事故(高速度での追突事故)の場合に,むち打ちによる頚部損傷が発生しうることは,容易に想定ができます。

問題は,衝撃が小さい事故(低速度での追突事故)の場合にも,むち打ちによる頚部損傷が発生しうるか,発生しうるとしてその程度はどのようなものかです。

この点については,古くから,これを否定する見解が存在しています。

低速度追突事故によるむち打ちによる頚部損傷をそもそも否定する見解は,法医学又は工学鑑定を重視するものであり,軽度衝突の場合には,生理的な可動範囲を超えた過屈曲・過伸展が頚部に生じることはないため,頚部損傷が生じ得ないということを理由としています。

この点については,時速8.7~14.2km(平均時速11.4km)程度での自動車の衝突による衝撃は,遊園地の遊具であるパンパーカー(バンパーをぶつけ合って遊ぶ子供用の遊具)の程度の衝突しか発生し得えないとされている実験結果があったり,現在運行に供されている車両については,一般的に座席背もたれ上部にヘッドレストが設置されており,過伸展が生じない構造となっており,追突事故の際に検討すべきは,過屈曲に限定されるところ,軽微な追突事故の場合,過屈曲についても,極めて限定的にしか生じえなかったりすることがその根拠とされることが多いようです。

第3 低速度衝突の場合のむち打ち症発症についての裁判例の流れ

前記のとおり,かつては,低速度追突事故において,そもそも頚部損傷が生じうるかについて,有力な否定論が存在しており,裁判上強く争われる論点でした。

もっとも,この問題に終止符を打つべく,東京第三弁護士会交通事故処理委員会むち打ち症特別研究部会が,受傷否定例の根拠である法医学及び工学鑑定の手法について検討を行い,①衝突後の車体の損傷から衝突速度等を推定するアプローチは未だ基礎研究段階にあるにすぎない,②被害者の位置・姿勢などの重要条件を捨象した解析モデルを前提にしている,③車両衝突実験の精度が低い,④人体実験についての信頼性が低い等の理由で,批判的な研究結果を提示しました(「むち打ち症に関する医学・工学鑑定の諸問題」判タ737号4頁)。
また,日本損害保険協会委託調査の結果が出され,車両衝突実験,人体実験を精密に行い,頚椎の生理的可動範囲内での屈曲・伸展でも自覚症状が生じ,また車体の平均加速度が1.1ないし2.1G程度であってもむち打ち症が発症することなどが明らかとされました(羽成守=藤村和夫・検証「むち打ち損傷」ぎょうせい)。
さらに,「少なくとも現在の工学的問題状況としては,低速度追突事案ではむち打ち損傷が発症しないという一般的法則性は否定されていると言ってよい」という見解が出されるに至っています(日本賠償科学学会編「賠償価額概説」・137頁民事法研究会)。

以上を前提として,現在の裁判例の趨勢は,低速度追突という事実のみでむち打ち損傷の発生を否定するという否定論を取るものはほとんど存在しない状況となりました。

今日の多くの裁判例では,低速度追突事故によるむち打ちによる頚部が損傷する可能性自体はこれを肯定し,被害者の愁訴の内容,治療態度,乗員の位置や姿勢,他の乗員の受傷状況などを判断要素としてその有無・程度を総合的に考慮するのが一般的となっています。

もっとも,現在の裁判例においても,低速度追突事故によるむち打ちによる頚部損傷をそもそも否定するわけではないものの,衝撃の大きさによって頚部損傷の程度が左右されることを否定しているわけではありません。

すなわち,低速度追突事故によって,長期間の通院を要する程度にまで頚部が損傷するとまで認定するものではないのです。当然,後遺障害の認定も困難です。

他覚的所見の認められない頚椎捻挫の場合,自覚症状に基づいた治療が継続されることが多く,急性期を過ぎ,亜急性期・慢性期へと移行する場合,単なるリハビリや湿布等の対処療法がなされるにとどまることとなるため,低速度追突事故によるむち打ちによる頚部損傷の場合には,神経学的異常や軟部組織の器質的損傷がなければ,カナダ・ケベック報告等も参考にしつつ,相当程度の短期間の範囲でのみ,[治療の必要性・相当性の認定をする傾向があります。

疑問があれば,一度近くの弁護士に相談してみてください。

第4 参考裁判例

1 低速度追突(衝突)でのむち打ち否定裁判例

低速度追突(衝突)でむち打ちを否定する裁判例の多くは,受傷申告の不自然性や事故歴等を基に,事故との相当因果関係を否定しているものが多いといえます。

①奈良地判平成28年10月26日・自保ジャーナル1984号159頁

②和歌山地判平成28年12月26日・自保ジャーナル1994号75頁

③甲府地判平成29年11月9日・自保ジャーナル2016号132頁

④京都地判平成29年12月22日・自保ジャーナル2018号89頁

2 低速度追突(衝突)でのむち打ち肯定裁判例

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