債務者が負担する何らかの債務を消滅させるためには,債権者に対して当該債務を弁済する必要があります。
ところが,何らかの事由によって債務者が債務を弁済できない事態が発生し得ます。
この場合に,債務者を当該債務から解放し,債務を弁済したこととするという手続きがあります。弁済供託です。
有効な弁済供託がされると供託時にその当該債務が消滅します(民法494条)。
もっとも,どんな債務でも簡単に弁済供託ができるわけではなく,弁済供託をするためには法律に定められた供託原因が必要です。
以下,この弁済供託の要件となる3つの供託原因について説明します。
【目次(タップ可)】
債権者不確知(債権者が誰かわからない)
債権者不確知とは,債務者が,債務者側の過失なく債権者が誰かわからないために弁済できない場合をいいます。
債権者不確知による供託をするためには,①当初,特定人に帰属していた債権が,その後の事情により変動したために債務者において債権者を確知することができなくなったという場合であり,かつ②債権者を確知することができないことが,債務者の過失によるものではないことが必要です。
【供託の事由・記載例】
賃貸人が死亡し,その相続人の氏名・住所が不明のため債権者を確知できない。
受領不能(債権者側に受領できない理由がある)
供託原因の1つである受領不能とは,債務者が弁済の提供をしようとしても債権者側の事由により債権者が弁済を受領できない場合をいいます。債権者の帰責事由は問いません。
債務者者が債務を履行するために債権者の受領行為等が必要となる場合があるのですが,この場合,債務者が債務を履行しようとしても債務者の受領行為が行われなければ債務者は弁済を行うことができず債務から免れることができません。
そこで,このような場合を受領不能として弁済供託の供託原因とすることとされました(民法494条1項2号)。
この受領不能の態様は,持参債務(債務者が債権者の下へ持っていく債務)と取立債務(債権者が債務者から取り立てる債務)によって異なります。
持参債務の場合
1 事実上の受領不能
事実上の受領不能の例としては,債権者の不在,住所不明,交通途絶等により債権者が債務の履行場所に現れないような場合等が挙げられます。
債権者の不在は,一時的な不在でも差し支えないとされていますが(大判昭和9年7月17日・民集13巻15号1217頁),債務者が信義則上の合理的手段を尽くした場合に限られるとされています(東京地判昭和36年6月23日・下民集12巻6号1413頁等)
なお,供託実務上,郵便物の受取人不明の場合には,受領不能と見なして供託を認めています(昭和32.3.2民事甲第422号民事局長回答・先例集794頁)。
【供託の事由・記載例(地代・家賃)】
被供託者の所在が不明のため受領することができない。
2 法律上の受領不能
法律上の受領不能の例としては,債権者が制限行為能力者であるにもかかわらず成年後見人頭が選任されていないよう場合(精神疾患に罹患し病院に出入りしている場合)等が挙げられます。
先例では,債権者が精神障害者として強制入院し保護義務者が不在の場合には受領不能として供託を認めていますが(昭40年度全国供託課長会同決議17問・先例集(4)93頁),単に精神病院に出たり入ったりしている状態の場合は受領不能とはいえず供託を認めない扱いとしています(昭和42.1.12民事甲第175条認可4問・先例集(4)252頁)。
取立債務の場合
1 原則:口頭の提供が必要
取立債務の場合には,債務の弁済のためには債権者の取立行為が必要となります。
そこで,弁済期が到来したにもかかわらず債権者が取立てに来ない場合に直ちに受領不能を理由として供託できるかが問題となりますが,先例では取立債務の場合に受領不能を理由として供託するためには口頭の提供が必要であるとされています(昭和42年度全国供託課長会同決議11問・先例集(4)331頁,この場合の供託原因は受領遅滞の効果であり,債権者を受領遅滞に陥らせるために受領の催告が必要。)。
なお,弁済期日に債務者が口頭の提供をしていない場合には,債務者が債務の本旨に従った提供をしていないこととなるために遅延損害金が発生しますので,弁済期日の翌日から口頭の提供日までの遅延損害金を付して供託をしなければならないとされています(昭和43.4.8民事甲第808号民事局長認可5問・先例集(5)27頁。
2 例外:口頭の提供が不要な場合がある
給与債権のように,取り立てに行けばいつでも弁済が受けられることが社会的に確立・慣行化している債権の場合には,催告を要せず受領不能を理由として弁済供託ができきます。
この場合には,債務者は口頭の提供をすることなくあらかじめ支払いの準備をしておくだけで遅滞の責めを免れることができ(東京地判昭和30年6月13日・下民集6巻6号1093頁),弁済供託をする場合にも遅延損害金を付する必要はないとされています(昭和57.10.28民四第6478号民事局第四課長回答・先例集(7)32頁)。
受領拒絶(債権者が受け取らない)・不受領意思明確
受領拒絶とは,債権者が弁済受領拒絶の意思を示している(受け取らないと言っている)ため弁済ができない場合をいいます。わかりやすく言うと,債務者が弁済の提供をしにもかかわらず,債権者がその受領を拒んだときです(民法494条1項1号)。
この場合,原則として,債務者は,弁済の提供(口頭の提供)をしなければ供託しても債務を免れることができないとされていますが(大判明治40年5月20日・民録13巻576頁)、債務者が提供しても債権者が受領しないことが明確な場合には口頭の提供をせずに供託しても有効とされています(大審院明治45年7月3日・民録18巻684頁)。